2007年12月08日

死刑執行:氏名公表…遅すぎた「公開」 解説

*今回は、すべて、「毎日jp」のウエブ記事を元にしています。

***

【死刑執行を巡り、死刑囚の氏名や執行場所などが公式に明らかになることは、日本の死刑システムの特徴として内外から批判されてきた極端な閉鎖性から一歩脱却したことを意味する。究極の刑罰ではあるが、同時に行政が法律に従って実施する行為でもある。公開の流れは遅すぎたくらいだろう。】

この解説者は、死刑執行の氏名公表に賛成ということですね。
【極端な閉鎖性】ねえ。
フタバ的には、死刑を執行したこと自体を発表してもいいけど、名前には興味がないです。
名前をいちいち入れないと「公開」ってことにならないのかなあ。
そうでもないんじゃないかと思うけどなあ。
「容疑者」の名前も発表する、のと同じってことですか?

【死刑に反対する立場からは「一部の情報公開で制度の安定化を進めるつもりではないか」と揶揄(やゆ)する向きもある。】

えーと、ここは、「揶揄」ってちょっとおかしいような。
「揶揄」というからには、ちょっとからかうような風味があるはずですが、そういう感じはないと思うんですけど。
単純に用語の使い方まちがってんじゃないかなあと。

そのあと、つづきです。

【今のところ、執行の順番など、核心部分が開示される可能性は低い。だが、09年に始まる裁判員制度では、市民が死刑の可否を判断しなければならない事態が生じる。そう考えれば、制度の存廃を含めた幅広い議論のため、秘密主義のさらなる見直しが求められる。【坂本高志】】

あげあしとりのようなんですが、そしてまた、ヤユのつもりでもないんですが、【執行の順番】てのは核心部分なのかしら。

まあそれはともかく、その次です。

裁判員制度って、まさに、【市民が】ほかの市民の【死刑の可否を判断しならければならない事態が生じる】んですよ。
私はどうかんがえてもこの制度(裁判員制度)はおかしいと思います。

人を殺すことを公的に決定する、というのは、公的な仕事であるべきです。
(まず、人を殺すことを公的に決定する、死刑という制度を是としての話ですが)

実際に死刑を執行することを仕事にしている公務員の方、あるいは、死刑執行にゴーを出す公務員の方(法務大臣)には、深い「思い」(「感謝」じゃおかしいし・・なんといっていいかわからないのでとりあえず「思い」で)を持つべきだと思いますが・・・。

ふと思ったんですが、たくさんいるという死刑囚のうち、今回の三人を選んだ理由はなんなんでしょうか。
そういうのが、【核心】的な気がしますが。

【制度の存廃を含めた幅広い議論のため、秘密主義のさらなる見直しが求められる。】

それならば(存廃議論をするためならば)、なにか情報を発表するというのもよいことのような気もするのですが・・



↓すくなくともこの記事は、議論のための情報になると思うので、リンクはっておきます。



東京拘置所の刑場視察であきらかになったこと



posted by フタバ at 00:14 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の法制度

2007年11月30日

執行された死刑囚の氏名、法務省が公表を検討

(2007年11月30日20時23分 読売新聞)


いったいに、刑事事件について、その容疑者あるいは犯人(と決定された人)の固有名詞って報道する必要があるのだろうか。
職業上立場上、すべきでないことをした場合、特に公務員の場合(刑事が強盗した、とか)は発表してもらいたい。
ここで公務員というのは政治家も含む。(議員だったり閣僚だったりならば、ね)

でも、会社員○田○男(36歳)が誰かを殺したとしたって、○田○男の知り合いでないかぎり、「○田○男」という情報に興味はない。「○田」だろうが「▲田」だろうが「□山」だろうがどうでもいい。

【 鳩山法相は30日の閣議後の記者会見で、死刑を執行された死刑囚の氏名を公表することについて、「死刑に関する法務省内の勉強会の大きなテーマとして現在、猛勉強中である」として、法務省として検討していることを明らかにした。同省はこれまで、死刑執行の事実と人数だけを明らかにしている。

 法相はこれまでの同省の対応について、「遺族やほかの死刑確定者の心情から公表しなかった理由は分かるが、刑罰権の行使が適正に行われているかどうかは国民に理解してもらう必要がある」などと述べた。


鳩山法相の数々のご意見とご発言については、過去、週刊朝日をわざわざ買ってエントリ書こうとしてまだやってません・・・。

【「遺族やほかの死刑確定者の心情から公表しなかった理由は分かるが】

毎度ですが、こういう報道については、記者の方もよく考えてもらいたい。

【同省はこれまで、死刑執行の事実と人数だけを明らかにしている】というのは、過去の「事実」、今回の報道に関係ある参考事実、ですよね。
しかし、
いままで名前を公表しなかった理由は、ほんとにこの鳩山公務員の言うとおりの理由でなんですか?
だとしても、遺族(っていうのは、被害者の遺族?)の心情としては、名前が発表されない方がこのましい理由はわからない。
遺族の特権(というのも変だけど)として、刑が確定したときに、死刑になったらお知らせした方がいいですか、ときいて、知らせてくれといわれたら知らせる。といったことでもやってるならわかりますけど、被害者の気持ちは一律じゃないと思います。
また、ほかの死刑確定者のきもち?
そもそも、死刑確定者は、新聞とか読めるんですか?
名前を知らないと死刑確定者はなにか心がやすらいだりするんですか。それとも逆で、おまえも知ってるあの死刑確定者も死刑になったぞよ、と知らせてより恐怖心をあおろうという意図ですか?

【 町村官房長官は同日の記者会見で「犯罪被害者、残された家族の立場に立って制度の改正、見直しが行われていると思う。議論して適切な答えを出して頂きたい」と、公表の是非を検討することに理解を示した。】

この発言なんてもっとツッコミやすいのに。

【犯罪被害者、残された家族の立場】にたつなら、このような死刑制度についての変更をおこなったからといって、一文にもならない。
死刑というのは殺人犯に適用されているはずと考えると、稼ぎ頭を殺されて残るは病弱な老両親と孫だけ、とかいうような場合もあるはずで、そのような場合、あいつ死刑になりましたから、と知らせるのは、もしかしたら、場合によったら、一時的に一区切りついた、とか思うかもしれなくても(それが必要だとしても、上記の通り、世間一般に公表しなくともその被害者なり遺族なりだけに知らせればいいこと)、くりかえすけど一文にもならない。
やるべきことはほかにあるんじゃないでしょうかといいたいです。

それともうひとつ。

軍事独裁政権なんぞでは、もしかして、反対勢力の人を処刑しておいて、誰々を処刑したぞ!あいつみたいにやろうとしたらこうなるんだぞ!と、恐怖心を植えつける目的で死刑にした人の名を公表することもあるんじゃないでしょうか。
それと似た効果もあるかも。

「ひとりの人間が死んだ。」
ときいた場合と、
「○川▲子が死んだ。」
ときいた場合と、
印象は違うのではないか。

たいてい、名前をきけばまず性別がわかる。
また、具体的に○川▲子、という名前つきで、これこれの罪により死刑になった、ときけば、かなり、インパクトは強くなる。

また、確実に、誰か(この場合○川▲子)人が死んでいるんだな、という感じが強くなると思う。

その長期的効果あるいは影響は、どういうものになるんだろうか。

実際に今死刑があり、執行された例もあり、確実に、国家の名において、人間が殺されているのだ、という「実感」もわきやすいだろう。
今のように、知らないうちに知らない誰かが殺されている、というより、現実直視につながる・・・ともいえるけど・・・。

でもなんか、今の風潮だと、殺されても当然の人もいるんだな、なんて思ったりしないだろうか。






posted by フタバ at 22:39 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の法制度

2007年06月20日

冤罪男性の再審公判始まる 取調官の尋問は却下 富山

アサヒネット2007年06月20日12時03分

【02年に強姦(ごうかん)と強姦未遂の2事件で逮捕され、約2年1カ月間の服役後に冤罪とわかった富山県内の男性(40)の再審初公判が20日、富山地裁高岡支部(藤田敏裁判長)で開かれた。男性は2事件の起訴事実を「まったく身に覚えはありません。やっていません」と否認した。弁護側は冤罪を生んだ捜査の過程を明らかにするよう強く求め、男性を取り調べた警察官の証人尋問を申請したが、藤田裁判長は却下した。】

なぜ却下?
理由を教えてもらいたいもんだ。

【 冒頭陳述で、検察側は「被告人は無罪です」と主張した。弁護側は「男性が犯人との見込みは、捜査機関の予断、偏見の産物に過ぎなかった」と訴えた。 】

↑これを読むと、検察側と弁護側は、同じ主張をしている、ようだけど・・・再審公判だとそうなるってことなのか?

この記事の続きの記事より↓

【藤井輝明弁護士は「このままでは、男性がやってもいない犯行を、強引な取り調べもなしに、任意に自白したということが記録上残ったままになる。『(捜査当局に)言わされた』ということをどうして無視できるのか」と、裁判所が証人尋問の申請を却下したことに強く抗議した。 】

先日、病院の待合室で読んだ雑誌にも、冤罪になりかけた経験談というのが出てきた。意志をもって、自分が無実だと主張するのは、こういうことされるとむずかしいのだろうな、ということは感じた。
人権教育というのは、受けたことないな。
基本的人権というのがある、ということは習ったと思うけど、どうやって、それを守っていくのか、については学校で教わったおぼえはない。
今後はますます、そんなこと教えないだろうな。
posted by フタバ at 22:43 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | 日本の法制度

2007年01月29日

死刑判決やその報道について

【4人の死刑を執行と法務省が発表 05年9月以来の執行 】という記事(すでにリンク切れです。はやすぎる)について、去年12月29日のエントリーで取り上げました。

「黒蜥蜴」さんの、こちらの記事を読んで、ちょっと追記を書いてみることにしました。

***

【法務省幹部は「100人を超えれば死刑制度の根幹が疑われることになる」と危機感を持っていた。】

死刑宣告されて執行はされない人がどのくらいいるのか、は、通常は、わかりやすい形では(たとえば新聞記事のように)発表されることはない。
「そーいえば、死刑にきまった、って話はきくけど、死刑を行った、っていう話はあんまりきかないなあ。」などと思う人っているだろうか。
いたとしても少しなんじゃないだろうか。

話題の事件で死刑判決が出ると、それはある程度の大きさの記事になっているようだ。
しかし、死刑が行われた、という記事は、たいがい小さい。
比較的最近、小学生をおおぜい殺した人の場合は、すばやく行われたのでそれがある程度大きなポイントの字で見出しになっていたけど。

もし、死刑制度をきっちりやりたい、のであれば、判決が出てから○年以内に、とか決める方法だってあるとは思うけど。
(そうすべきだというわけではないです。死刑制度自体について、反対だし)
死刑のある他国の事情はどうなってるのだろうか。

新聞記事の話に戻ると、せっかくこの記事(12月29日でとりあげた)を書くのならば、【死刑制度の根幹】とやらについて、【法務省幹部】にもっとツッコむべきじゃないだろうか。
というか、そういう態度で記事を書いてくれれば、もっと新聞の意義も高まると思うのだけど。

とかいうのは、他人に要求しすぎ?

posted by フタバ at 22:10 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の法制度

2006年12月29日

4人の死刑を執行と法務省が発表 05年9月以来の執行 2006年12月25日13時22分

朝日新聞ネット記事より。

何にびっくりって、

【就任3カ月足らずの長勢法相が執行命令書に署名した背景には、執行されていない死刑確定囚が100人近くに上る現状で、「今年の執行数をゼロにすることは絶対に避けたい」という法務官僚の強い意志があった。】

とあるように、死刑囚が100人近くもいたってことだ。

しかもこの記事によれば、

【 裁判所が死刑判決を「量産」し、死刑確定者は06年は20人を超えた。一方、実際に死刑囚の命を奪うことになる命令書の署名には消極的な法相も多く、その結果、03年までは50人台で推移してきた未執行者は25日現在で98人に。法務省幹部は「100人を超えれば死刑制度の根幹が疑われることになる」と危機感を持っていた。 】(太字にしたのは引用者=フタバ)

ということで、死刑判決自体が増えたから、というように読み取れる。
死刑をどんどん決めておきながら実行はしない、というのを、【死刑制度の根幹が疑われることになる】という意味にとらえるっていうのが、まあ、役人ていうのか、独特ですね。
別のいいまわしをするならば、「命をもてあそんでいる」っていうことなんじゃないだろか。

だいたいその【危機感を持っていた】という法務省幹部ってだれですか?

そもそも量産、というのはどうしてそういうことになるのか。
たしかに、06年1年で20人以上って、多いようにきこえるな。
毎月1人または2人、2人の月の方が多い、っていう勘定だから。

実は今、『犯罪不安社会』という本をよみおえたところ。
この本によれば、日本において、毎月死刑判決が必要なほど「凶悪」犯罪が増えているということはなさそうなのだ。

(『犯罪不安社会』については近々とりあげるつもり。と、予定は未定なことを年末に書く不安・・・)


もうひとつ、この記事で注目したところは、死刑囚の年齢。

今回、死刑執行された人の中に、【千葉県で75年、工場主を殴り殺して現金約1000万円を奪った秋山芳光死刑囚(77、東京拘置所在監中)】という人がいた。
つまりこの人は、46歳くらいのときに他人を殴りころし、その後、30年ほどを拘置所または刑務所ですごしたというわけだ。77歳という、日本人男性としては死んでもおかしくない年になるまで。
刑が確定したのはいったいいつだったんだろう。
という設問は、言い換えれば、「あんたは死ぬよ」といわれてどれくらい待ったのか、ということです。
死刑というのは、実際人を死なせてしまう、ということでもインパクトがあるけど、(少なくとも日本では)いつ実行されるかわからないところにも、かなりのインパクトがあるように思う。

ちなみにほかの3人は

【96年に広島県で4人の女性を相次いで殺害した元タクシー運転手日高広明死刑囚(44、広島拘置所在監中)、
高知県で78〜81年、義姉ら3人を殺すなどした福岡道雄死刑囚(64、大阪拘置所在監中)】
【栃木県で81年、別れた妻の親類2人を殺害して金品を奪った藤波芳夫死刑囚(75、同)】

てことです。10年前の96年ていう人が一番最近だけどほかは、犯罪を起こしてから2、30年たってますね。
なぜこの4人だったのかな。まさか長年据え置きした順?

なんのために死刑をやっているのか、死刑の意味、といったことを考えさせます。
まあこの記事だけでは材料少なすぎますが。


★2007年1月29日に、このエントリーの続きを書きました。こちら
posted by フタバ at 02:49 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の法制度

2006年09月17日

2005年4月9日 命をかけて無実を訴えていきます

すっかり日経新聞に飽きているフタバです。
なのでソースは今日もネットより。


http://www.videonews.com/on-demand/201210/000315.php

経済評論家の植草一秀氏が、痴漢行為で3度目の逮捕となった。
このビデオは、2回目の、最初に報道されたときの逮捕のあと、判決がでたあとに収録されたもの。
2回目につかまったときに、ワールドビジネスサテライトのコメンテーターをするなど、結構めだつ有名人だった氏は、仕事をかなり失ったが、最近は名古屋商科大学の教授に就任したり、仕事を再開しはじめていたのに、2006年9月、まだ同様な容疑で逮捕されたということ。
時系列でいえば、
1回目逮捕→(報道なし)→2回目逮捕→報道あり→今回エントリーのこのビデオニュース出演→3回目の逮捕、という順序です。

上記サイトはふだんは有料だが、今のところ、彼を番組に起用した責任者の判断で(この2005年4月9日以外、2006年になってから、経済問題についての番組でも起用されている)、無料公開されている。みられなくなるかもしれないので、今のうちにいそいで感想をメモしておきます。
1時間ほどのビデオが2本なので、時間はとりますが、みごたえ(ききごたえ)ありますよ。

***

2回目の逮捕時の様子が、もちろん、植草氏側からの言い分だけではあるが、かなりくわしく、説明されている。

「そのとおりだとすると」という、前提で、ですが。
(また、彼の有罪無罪については、フタバには判断しかねますので、それは問題にしません。この番組でもそれは問題にされてません)

かなり怖いと思った警察側の発言がいろいろありました。

「警察官がゲンニン(現認?現行犯を認めた、ってことか)しているから、100%ひっくりかえる可能性はない。裁判をしても、100%勝てることはない」
「今日(金曜日)の5時までに調書ができればあすには釈放、しかししなければ時間もかかるし、否認すればマスコミに発表する。みとめれば発表しない」(これは完全に脅しですね)

で、植草氏は、その脅しに屈して(ということになると思う)、

「どうすればよいですか」

と言ってしまうのだ。

このビデオで、1回目の逮捕時のことも触れられているが、1回目にも、この「どうすればよいですか」発言を植草氏はしているそうだ。
それによって、本人の認識ではしていないはずのことをした、という調書に署名をしてしまうわけです。
しかも、2回目のときの最初の調書は、植草氏VSたったひとりの警察官しかいないところで、その警察官がパソコンに勝手にうちこんだ内容をみもしないで署名した、というんですね。
そうせざるを得ない雰囲気だったのかもしれないが。
私が植草氏の家族だったら、そして、植草氏の無実を信じていたら、「あなた、なぜそこで、内容をみせてくれないと署名できないと拒否しなかったの!」と叱りますね。
もちろん、そこは、「後悔もしているし反省もしている」とは言ってましたが。

1回目は、うまれてはじめて逮捕というものをされて、すこしマスコミにも出始めたところで、動揺および職を失いたくない気持ちもあったろう。
でも2回目までというのは・・・

フタバもきわめて気の弱い人間なので、人のことはいえないし、植草氏の言葉どおりの諸状況だったとすると、相手はいれかわりたちかわりやってきていろんなことをいい、せっかく仕事も復帰したのにまたパーになる、しかも今度立ち直るのは前回よりはるかにむずかしいだろう、などと考えて頭がぐるぐるしたのだろう。

でも。
1回目に、ことが大きくならずにいたのがかえってよくなかったのかな。
だから、たとえ有罪となっても、「さわぎ」にならなければいいと思ったのだろうか。
結果的に、2回目逮捕が「さわぎ」になったのは、拘留途中で翻意し無実であると述べてからで、その直後いっせいにマスコミ報道となったようだ。

「ここ一番」の行動が人生を決めるのだなあ。

人間は、ただ単に、社会規範を守ろうとか人に迷惑をかけてはいけないとか、そういうことだけで生きているのではないと思う。
もし、彼が、ほんとにやっていなかったならば、やっていないことを2度までもやったと言ってしまったことからリカバーするのは、社会的にも大変だし、彼自身の心持ちの問題としてかなり大変なことだと思うのだけど。

で、3回目の逮捕時は、「酒によっておぼえていない」→「警察のでっちあげだ」といっている、と報道されている。
そのとおりだとすれば、そしてまたも潔白であると自認するならば、最初から、「やっていない」と言わなくちゃ。

2回目の逮捕時、植草氏の話どおりだとすると、警察側は一度も「これこれの容疑で取り調べる」「逮捕する」ということを言っていない。なんというか、『流れ』で話が進んでいくんですね。
それもこわい。
どういうことなのか、途中できかなくちゃ。

とは思っても、自分が実際警察によばれたりしたら、そりゃあ動揺するでしょうね。

人生にはいざというとき、というのがいくつかあるのだと思う。
生き死ににかかわること、がまず第一。
自分の生き死にもだけれど、他人の生き死にもそう。
自分が死ぬかも、あるいはなんらかの形でかかわった他人が死ぬかも。
そのときにどうするか。
いつか死ぬのはわかっていることだけれど、日常は生きていることが前提で進んでいるからその流れをさえぎって行動することがとっさにできるよう、心構えが必要だと思う。

犯罪容疑で逮捕される、というのは肉体の生き死にはかかわらなくても、社会的な存在が危うくなる機会だ。
被疑者の権利など、基本的なことは、おさえていかないといけないなと思った。

このビデオニュースは、植草氏のほかに、司会の神保哲生・大学教授の宮台真司両氏が同席で出演している。
宮台氏は、法制度の面からいろいろコメントをしている。(社会学者というのは法律にも詳しいのかしら)
一例。
宮台氏情報によれば、拘留可能期間というのは、20日+20日+2日の計22日間まで延長できるがこれは【国際標準】からはずれているとのこと。
(だから日米地位協定においても、米兵の被疑者を日本の警察でとりしらべることがむずかしいらしい。)
拘留されている状態というのは【アプセット】している状態だから、【不利な状態で取引をしなければならない】。適正な条件下以外では決して【調書をとらせない】よう気をつけるべきだ、と。
ちなみに、これは、被疑者を保護するためだけでなく検察の側にとっても、腐敗や冤罪の防止策となるので、良いことなのだ、といっているようでした。
でも、今回の植草ストーリーをきいていると、裁判所がまったく中立公正であるとも思えなくて、司法に携わる人同士、すくなくとも、役人である判事と検事というのは、結託してるんじゃないかなあ、と思えてしまう。現場再現の場でも、矛盾があっても平気だし。

【よほど勇気がある人間でないとお上にたてつくことができない構造】について、宮台教授より述べられているのは、ビデオの後半部分ですが、今後の人生に参考になりそうなことがいろいろ語られていましたよ。

***

「ビデオニュースドットコム」には、何度か登録しようとしたのだがなぜかいつもエラーになり、いまだ登録ははたせず。時々おもしろそうなので有料でも見たいと思うんですけどねえ。まあまたそのうちトライしてみましょう。

フタバがテレビのニュースをみないのは、あまりにもコマ切れすぎるから。
また、いちいち録画でもしないかぎり、あれ、あそこは何て言ってたっけ?と確認もできない。
新聞は最低限読み返すことができるだけマシと思って新聞中心にニュースにアクセスしているわけですが、それでも記事のつっこみも本当に浅い場合が多いし、刑事事件については、ただ単に警察の発表のとおりにしてるんだなということをこの植草ストーリーをきいていても感じる。

新聞の利点のもうひとつは、毎日宅配してくれること。
また、読み終わったら生ごみを包むのに使える、というのはまあ全く別の観点からの話ですが。

これからのメディアのあり方について、などと語るのはニンではないのでもうやめますが、新聞テレビは、やっぱり、かなり弱ったメディアなんじゃないかという印象を、今のところ持っています。

posted by フタバ at 10:57 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の法制度

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