2009年08月04日

「姜尚中はどこへ向かっているのか」の続き。

前回エントリーでもとりあげた金光翔氏のブログ記事、第4回目に入った。

姜が出現を憂慮した、この「シビック・ナショナリズムという形で共和主義と結びつけられ、共同体の一員であることにおいてはじめて一人前の人間として認められるという排他的なナショナリズムが台頭し、それがデモクラシーと結びつく」という事態こそ、現在のリベラル・左派における、「ナショナリズム」擁護の合唱という現象として現れているものである。姜は、「ナショナル・スペースに限定されたデモクラシー」を、結局超えられなかったようである。むしろ、「反日」ではない在日朝鮮人を、どうか、「ナショナル・スペース」に入れてほしいという主張が、現在の姜の立場だと思われる

(太字、下線は私)

この事態というのは、もともと日本にあったものではないかと私は思う。こういう態度をとるひとっていっぱいいる。
戦争中からずーっとそうなのでは。

上記で太字下線にした部分が入っている、もともとの姜氏の言葉の部分を前後含めてもういちど孫引用してみる。

「姜 小林よしのりの漫画がなぜ売れるのかというと、私というものを支えきれない人間に訴えているからです。私と公をどの具体的な関係のなかで再定義していけるのかをきちんと問題化しないと、シビック・ナショナリズムという形で共和主義と結びつけられ、共同体の一員であることにおいてはじめて一人前の人間として認められるという排他的なナショナリズムが台頭し、それがデモクラシーと結びつくということがあり得る。ナショナル・スペースに限定されたデモクラシーという考え方を、どうやってわれわれが超えられるのか」(石田英敬・鵜飼哲・姜尚中・小森陽一「座談会 国旗・国歌法のあぶり出すもの」『世界』緊急増刊「ストップ!自自公暴走」1999年11月刊、150頁)


私というのものを支えきれない人間。
それは「日本人」のへいきんてき姿では?
にほんのこくせきがない、がいこくじん、には、国籍がないから人権もないよね、というような「はてなブックマークコメント」というのをいくつも読んだことがある。
「にんげん」には基本的人権がある、みたいなちゅうしょう的な話が、にほんじんは大変に苦手。にほんじんでもなく、かんこくじんでもなく、ただの私。あなた。というのをとらえきれない。
それのおかしさを、どう定義していいかわからなかったのだけど、上記1999年時点での姜先生の言葉を借りると、
【私と公をどの具体的な関係のなかで再定義】することができないからそうなるんだな。
なるほど。大変勉強になった。
姜先生のおことば、昔のものはとてもわかりやすく響いてくる。
「天皇制」についての言葉も、大変わかりやすかった。

前回エントリーでも書いたが、日本の共同体は、あるいは日本の社会は、作法をおぼえてオトナになれば、もうものすっごく居心地がいい。年をとるとますますその居心地よさが、手放しがたいものに感じるのではないか。

ところで、最近の姜尚中と言えば、二言目には「故郷」の熊本への愛を表明し、「愛郷心」「パトリ」の価値を称揚することで知られる。


その具体例としてあげられているのが、これ。↓
「「郷土」への愛着は、わたしの中に身体化された記憶として生き続けています。雑木林や稲刈りの後の広々とした田、夏の光にキラキラと輝く水源が、大人の眼の届かないわたしたちだけの「ワンダー・ワールド」でした。(中略)郷愁を誘う数々の記憶が昨日の出来事のようにわたしを捉えて離さないことがあります。/きっとこの感覚は、たとえナショナリティの違いによる屈折があるにしても、分かち合うことのできる記憶ではないかと思います。そしてすべての人々が、「日本人」や「日本国民」という前に、そのような「郷土」あるいは「故郷」への愛着がどこかに仕舞い込んでいるのではないでしょうか。たとえ、「郷土」と言えるほどの記憶の場所を持たず、絶えず移動を余儀なくされていたとしても、想像の中だけでもそうした「郷土」を持ちたいと思ったことはなかったでしょうか。」(153〜154頁)


ふつうの日本人だって、故郷にはアイをも感じるかもしれないが、苦い思い出だってあるはずなのである。
だから、故郷のよさを称揚してもいいけど、心のそこから100%か、とといつめれば、多くの人がいやそうでもない想いもあるけど・・というのではないだろうか。
このように、ある程度の年齢になってから「故郷を想う」というのは、今、それなりに社会的にせいこうしてるからじゃないの?

今の時点での仮説byフタバ。
「日本育ちの男でそれなりに成功している場合、中年すぎると「故郷」を想い、「個人」を忘れる。」

ここでフタバと名乗っている私自身、姜氏の言動について追ってきているわけではない。しかし、この金氏の記事を読むかぎり、まさに、

………姜先生、姜先生。天皇制の件もそうでしたが、2002年から2006年の4年間の間に、一体何があったんですか?姜先生、あなたは本当に同一の人物なんですか?


といいたくなるくらい変化がおきているのだ、ということはわかった。
でも・・・でもですね。
ひとりの人物で、これくらいの変化がある、ということは、これも十分発生しうることなのではないかと思う。
赤瀬川原平しかり。
とはいえ、【2002年から2006年の4年間】に、姜尚中は、単に、年をとった、のである、というのじゃあ何だから、金氏のさらなる追跡・分析=連載の続きを待つ。

posted by フタバ at 06:52 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年08月02日

東京における広大なる緑地について

出典がわからず、現状もそうであるかわからないのだが、ここ10年以内に読んだ新聞記事かなんかで、東京都のカラスのことが書いてあった。
ごみの多い東京には、雑食のカラスの数が多い。そのカラスたちのねぐらは、都内あちこちにある公園の森である。まあ森ってほどでなくても、木立がちょっと多目にあるところ、程度でも良いらしい。昔の武士の屋敷跡を公園にしたようなところは、都内にたくさんあり、筆者宅の近所にもひとつ庭園があるが、夕方その付近を歩くと、カアカア鳴きながら、すごい勢いでカラスが集結してくるのを見ることができる。

で、都内最大のこの手の緑地は、当然、千代田区の皇居なわけだが、そこではカラスが減っている、という記事を読んだのだ。つまり、相当広い敷地で、かつ、できるだけ人の手を加えないように、という先代の意向もあり、かなり「自然そのまま」の状態の森ができあがり、そしてそこまでの規模の森になると、食物連鎖ピラミッド上、カラスの上、カラスの天敵にあたる、大型猛禽類(たしかタカ・・だと思ったけど。)ですら森に住んでいるので、皇居でだけカラスの数が減っているのだ、ということだった。
(再び強調しますが、これ、出典もわからないし、いつの記事かもわからないので、現状、皇居のカラスが減っているかはわかりません

長くなったが、この話をよんで、私は、へーえ、100年前後くらいでも、そんなに「自然」的状態というのは復活できるものか、と感心もし、そして同時に、そのように『自然のまままほっておく』といった気の長い、それなりに意志を感じさせる決断というのは、天皇制がかかわらないと、日本人にはやっぱりむずかしいだろうな、とあらためて思ったのだった。

つまり、もし天皇制を廃止した場合、皇居をどうするのか、という問題が当然起きる。
都内一等地、広大な土地。そこにびっしりマンションや商業施設を建てましょう、とまで短絡に企業的でなくても、「公共施設」の名のもとに誰かが利権を得るような利用の仕方にはなるんではないかと思われる。サッカー場をつくろうとか、絶対誰か言いそう。
とすると、タカだかワシだかいるような森はどうなってしまうのか。そのまま残すことがむずかしいのではないか。
森だけでなく、とにかく、土地を、ただ空けておく、という状態でガマンをすることは、きっとできないだろう、日本人オジサン連中には(なぜオジサンかというと、今だに、ロクでもないことを決められる権力をもつ人というのはほとんどが、老若は別としてオジサンだからである)。

もうひとつ、意志によって、すばらしい「自然」をつくりだした例がある。それは明治神宮のまわりにひろがる森。
詳細はこちらを。

明治神宮の自然・見どころ

↑ここから引用

創建当初明治神宮に何を植えたら立派に育つか、また100年後自然の状態になっていくのか、当時の学者たちが考えました。そして椎・樫などの照葉樹を植えることに決定したのです。

 理由は大正時代、すでに東京では公害が進んでいて、都内の大木・老木が次々と枯れていったのでした。そこで百年先を見越して神宮には照葉樹でなければ育たないと結論づけたのでした。


この学者さんたちの功績はたしかにたたえられるべきではある。
大隈重信が杉にしろといったらしいが、その発言は、林業(?)に不案内な人のものでしかなく、そのえらいさんの言葉を退けて、学者さんたちがあくまで照葉林にこだわることができたのは、なぜなのか?
やっぱりそれが、「御苑」だったからではないか。

つまり、皇居の森も、明治神宮の森も、人民が人民のためにと努力した結果できたものではないのだ。
筆者宅近所の、からすのねぐらの庭園も、武士の屋敷あと。武士階級というのがもたなくなったから放出されただけのこと(武士からすぐ民にでなく、途中、ザイバツの人が持ってたんだけど)。

そして、それらが今も維持されているのは、端的にいえば天皇制があるからだと思う。「体が不自由な人のため」とかなら、短い間で廃止になっただろう。

そういう、自分たちのために自分たちの責任においてつくったのではない何か、が「公共の癒しの場」として機能しているスポットがたくさんあるのが東京。


***

以上、こちらの↓ブログ記事を読んでいろいろ考えた(というかぐるぐる思った)ことをメモしてみた。

姜尚中はどこへ向かっているのか――在日朝鮮人の集団転向現象 2
posted by フタバ at 08:33 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年06月13日

日本のほとんどの一般人は「サヨク」かも。

<佐藤優現象>という言葉をつかった論文を書いた、金光翔氏のブログ記事より。

小林は、日米安保を容認しながら「東京裁判史観」をも容認するメディアや人物を、漢字の「左翼」とは区別して、「サヨク」と呼んでいる。この「サヨク」は、東京裁判の判決は容認しつつも、日本の侵略と植民地支配の過去清算の方向には進もうとせず、安保体制は容認しつつも、日本国憲法の精神を称えている、矛盾だらけの存在である。ヌルい、悪しき意味での「戦後民主主義」的価値観そのものだ。

そして、小林からすれば、朝日や毎日はおろか、読売も産経も『文藝春秋』も「サヨク」である。日本の近代の栄光を誇ろうが中国や韓国に対して強硬論を唱えようが対テロ戦争への参戦を呼号しようが、「東京裁判史観」を容認して戦後体制を容認する連中は、結局は「戦後民主主義」の子供なのであるから、「サヨク」なのである。


私は小林よしのりの書いたものをちゃんと読んだことがないので、実際小林よしのりが上記のようなことを考えているのかどうかは判断できないが、もしこの金氏の読み方が妥当だとすると、小林よしのり鋭いと思った。

この、矛盾だらけでヌルい「サヨク」というのが、いわゆる日本の「ノンポリ」を自認する人々のことなのではないか?
そして、佐藤優本人はわからないけど、<佐藤優現象>的行動をとる人というのは、その、「サヨク」のもつ矛盾だらけの認識あるいは志向の、矛盾をそのままにしたうえで、いずれかの認識あるいは志向を主張して推し進めようとする人、なのではないか?

矛盾はいろいろあるが、というか、矛盾というより、「問題おきざり」だと思うけど、その主要なものは、

@戦争は誰の責任だったのか。日本国民は誰に対して責任を追及すべきなのか(もちろん国家事業としての戦争については、日本政府に責任がある。ではどうしてそんなことをする政府ができあがってしまったのか、については「日本社会」についての考察が必要となるし天皇制の尾問題もからむ)。
A@の問題を明確にした上で、では、日本国家は誰に対してどういう「戦後後始末」をするべきなのか。
B日米安保条約の是非(自衛隊問題、憲法問題ともからむ)

・・だろうか。

日本国憲法をどう「守る」か、「改憲」すべきかすべきでないか、という問題は、上記@ABを考えないで議論しても、全く意味がないのではないか。

それから、あさま山荘事件などの連合赤軍関連の、法律上においての「犯罪」については、いまでも語られるし映画までつくられたりするのだが、そもそもの学生運動のはじまりについて、日米安保とからめた内容があまり語られないのはなぜなんだろう?
「犯罪」についての議論とか研究というのは、一般人にもこのまれる分野だと思う。だから映画にもできるわけだが、「政治」についての議論は、日本ではやはり「このまれない」のではないだろうか。
(→とはいえ、私が「日米安保とからめた学生運動問題についての議論」の存在を把握していないだけかもしれない。でも、あさま山荘事件については、自分から強くもとめなくてもアクセスしやすい情報はわんさかあるが、アンポについてはそうでもないと思う。余談ながら、櫻画報を書いた方に、今現在アンポについてどう思っているのかと当時どう思っていたのかをあらためて問い詰めたいものだ)

たとえば私にとっては、あさま山荘事件や連合赤軍リンチ事件が小学校のときにおこって、あれはいったい何?とおどろいた、というリアルタイム体験が一応あるので、ほりおこそうという気にはなる。この、単純に犯罪的内容についての興味だけでも興のあるこの話題についての報道をみていると(しんぶんだけですが)、「学生」のおにいさんおねえさんがやったことであって、「悪いこんたんをもったフツーの大人」が泥棒をした、人を殺した、という事件のニュアンスとは違う何かを感じたので、それがヒントとなる。
しかし、80年代生まれとかの、20代で頭とカンが冴え渡っている世代についてはどうだろうか?
それこそ「過去の事件」でしかなく、何のヒントもない。
私だって、アンポ騒動については、リアルタイムでのひっかかり経験はなにもない。でもそのときに少なくとも10歳以上だった人の中にはなにかしらひっかかり体験をもった人があったはずだ。

だけどそういうひっかかり体験というのは、現状、いろんなことを忘れ矛盾にたいしてめくらになっている状況をみれば、なんの役にも立たないのかもしれないな。

posted by フタバ at 10:30 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年02月19日

村上春樹スピーチ@エルサレム関連つづきその2。

前々回のエントリーにて、「村上春樹はNKY」と私は書いた。これについて。

今回の彼のスピーチは、従来の彼のファンが安心する範囲内だった、という意味で、「KYでなかった」、と思う。
かつて、スーザン・ソンタグは、もっと「過激」なスピーチをして授賞式会場にて否定的反応があったそうだが、そういうこともなかったようだし。多少不満顔な人はいたにしても。
なんていうのかしら、ペレスのとなりに写っている写真をみて、「これで、村上春樹も、エルサレム賞のワンノブコレクションにとりこまれちゃったなー」って印象を持ってしまった。
私はとにかく、何度も言うが、彼の文は本2冊分しか読んだことがなくかつ、そのときに、よくもわるくもたいした感想をもてなかったので、ほんとにどういうことを言いそうか想像がつかなかった。
(より細かくいうなら、しかも読んだのが「風の歌を聴け」という初期作&ベストセラーの「ノルウエーの森」で、サリン事件とか震災とかにインスパイアされたらしい作品を読んでないので、なんといおうか、基礎知識レベルに達してないような気がしている)

あと、彼はなぜ、海外でも人気があるのか?
その秘密がいまだによくわからない。
(それももちろん、上記カッコ内のような事情だから、かもしれないけど)
イスラエルに読者がいることはわかった。
ではパレスチナには?
もし図書館があったとしてもどうせ空爆されてるだろうしなあ。
もし、パレスチナにも読者がいたとして、その人たちはこのスピーチ知っただろうか。知ったらどう思っただろうか。

もし今回彼が、受賞辞退をしたとしたら、それは、彼が空気を読みたい集団の中では「KY」的行為になったんじゃないだろうか。
受賞辞退の場合は、それなりにコメントをつけざるを得ないわけで、「何か言う」チャンスは、辞退してもあるわけです。でもその場合には、辞退という行動自体ですでに何か「ものを言う」ことになるので、方向性はそれで決まるわけで、その方向性は、彼が空気を読みたい集団の中では「KY」になるのだと思います。
で、うまくいえないけど、彼は、必死で、「KY」にならないよう努力しているわけじゃなく、無理してるわけじゃなく、「NKY」だなあ、と思った。それってとても日本人的だとも思うのですが、それでも海外で人気があるというのが、やっぱりほんとうに不思議だ(・・・と、それを追及したいなら、もっと本を読め、ってことですね)。

   
***

以前のエントリーでとりあげたブログ「私の闇の奥」に大変興味深いことが書いてあった。
マイケル・ムーアの発言を許容するアメリカ社会、スーザン・ゾンターク、村上春樹の発言を許容するイスラエル社会、この現象は、これらの二つの社会が言論の自由が保たれている社会であるという虚像を他に信じさせ、自分も信じたいと願う集団心理の発現であると私は考えます。しかし、異端的な発言が許されるのは、それを許しておくことが「言論自由社会」のイメージに貢献する限りにおいてであって、もし実害が生じて、全体の算用がマイナスになれば、即刻停止ということになる筈です。
 上にも引用した現地英字紙エルサレム・ポストは、イスラエルの外務省から村上春樹さんに送られた手紙に中には、「あなたのエルサレム賞受賞がイスラエルにとって持ち得るどのような性質のプロパガンダとしての価値があるか、・・・、をよろしくご勘案くださいますよう伏してお願い致したく、・・・」といった文面が含まれていたと報じています。これでは、ゾンタークさんや村上さんがどんなに啖呵を切ってみても、所詮は、お釈迦様の掌の上を走り回る孫悟空のようなものです。私は、こういう形で、有名な作家や音楽家などの芸術家たちを利用する権力システムの企みを憎みます。

ピンクに色変えしたのはわたくしです。
イスラエル、手紙にそんなこと書いてたんだ。
受賞するなら仲間ですよ、といってるも同様じゃないですか。
やっぱりコレクションされちゃったんだな、村上春樹。
posted by フタバ at 04:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年02月18日

村上春樹スピーチ@エルサレム関連つづきその1。

一日でかけてる(働いてる)間に、ハアレツ(と読むのだろうか)紙というところに出ている全文をみつけてくださった方があるようでそちらを読んだ。

この記事の最後に、読者からの意見が(フォーラム式に)ついているのだが、クリックしたけど画面真っ白。残念。外国メディアのサイトをみていると時々おきる現象。ウイルスブロックだかなんだかが勝手に活動しているからなのか・・
少なくとも、その読者意見のタイトルだけは読めるが、そのひとつが、
Egg is Israel and Islam the Wall

卵はイスラエルで イスラムが壁だ。
ワルイ方はイスラムさ!ってことね。
「卵と壁」という比喩がすばらしいのかどうか私は文学的センスがないためわからないけど、どうとでもとれるので、多くのイスラエル人は、このように考えた、といわれても驚かない。

それから、スピーチがここに掲載されてる通りだとすると、だが、「パレスチナ」ということばが一つもないですね。
中国新聞の要約記事の中で実際それはどういう言葉でいわれたのか知りたいと思った箇所があったが、そこはこういうことだった。

中国新聞(ピンクに変えたところが気になるところ)
一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。


ハアレツ

So let me tell you the truth. A fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came.

The reason for this, of course, was the fierce battle that was raging in Gaza. The UN reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded Gaza City, many of them unarmed citizens - children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. This is an impression, of course, that I would not wish to give. I do not approve of any war, and I do not support any nation. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.


中国新聞のは要約だからもちろん、一語一語の対応関係は示せない。
でも、私が一番気になったところを、同じピンク色にしてみた。
イスラエルメディアの方を訳してみると、

フタバ試訳
ガザでおきている激しい戦い。国連の発表によれば、1000人以上の人が封鎖されたガザの街で命を失い、その多くが非武装の市民、子供たちや老人だということだ。


「ガザ」という具体的な言葉は入っているが、「fierce battle」ってちょっと首をかしげるなあ。fierce airraidじゃないの?
また、この近辺にイスラエルという言葉もパレスチナという言葉も具体的に使われてない。「blockaded」とは書いてあるけど。battleっていうからには、2つの勢力があるはずだけどそれがどこか具体的に言ってない。ましてやイスラエルのせいでおきている戦い、とは具体的にはいってなかったんですね。unarmed Palestinian citizen とでも言っていれば、結構違うニュアンスになったのでは。せっかくblockadedと言ったのに、「誰が誰を」blockadeしたか言ってない。
ホストに気をつかったんですね。
あと、「国連」という言葉は入っているのだなあと思った。



もう一箇所。

中国新聞
一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。


ハアレツ
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high, solid wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.


フタバ試訳
このメタファーの意味はなんでしょう?ひとつには、非常にあきらかな意味となります。爆弾、戦車、ロケット(弾?)、白リン弾、そういったものが、高く堅固な壁です。卵とは、それで爆撃され焼かれ撃たれる非武装の市民です。これがメタファーの意味するひとつです。


ああ白リン弾というのは言ってたわけね。


このあたりから以降は、正直なところ、かなーり一般論でしかなくって、ひろーい意味にとれるのではないかと思う。
要は武力行使反対、という。


***


一番最初、つまり最大?情報で中国新聞要約しかなかった時点で、個人的には
一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

のところを読んで、よくぞ言ってくれた、と思った。

私は、とにかく、村上春樹についてはあんまりよく知らないのだが、なんとなく、この賞じたいは、村上さん的には貰いたいと思っているのでは、という気がしていた。
だから、「ボイコット」を要求している人たちをみて、んーそれはやらないと思うなあ無理じゃない?と思っていた。
では、ボイコットしないとすると、なんといって受賞するのだろう?
彼についてよく知らないながら、すごく過激なことは言いそうにないし、なんていうのだろう、すごく無難に上手に言うんじゃないかな、というのが私のあやふやな予想だった。
その予想からすると、上記の部分は、すごく思い切っているようにみえたのだけど、これは、私の予想がオソマツすぎたと思う。

つまり、こういう言い方自体、結構、「一般的」なことであって、まあ、「あたりまえ」の域は出ないと思う。
ここまでは、前提、ですよね。
それで何を言うかが問題であって。

で、言われた内容については、おそらく、従来の村上春樹的レベルというおうか村上春樹的世界から、大きく逸脱することはなかったのではないかと思う。
本人のレベルからしても、彼に期待する日本のファンからしても。
「村上さんはやっぱりすごかった」という感想がかなり多いなあと思ったし。

・・・・ちょっと長くなったので、エントリー分けます。


posted by フタバ at 23:25 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年02月18日

村上春樹はNKY

ノットKY,すなわち『「空気よめな」くない』ヤツ。
それが村上春樹さんではないか、という気がしてきた。

で、日頃読ませてもらっていて感心している、まあ具体的な課題についてはおおむね賛成できることを書いていらっしゃる、私のようなぐだぐだ文章でない説得力ある文を書かれる方たち、というのもNKYだと思う。

日本では、どんな小さな集団においても、NKYでないと生き残れないのだきっと。
あ、いや、「生き残れない」なんて大げさな言葉だわ。空爆されてるわけでもあるまいし。

いろんな記事をみていたら(私はネット検索能力はあまりないので、リンクをたどりつつなのですが)、村上春樹がシモン・ペレスと隣同士で座っている写真を何箇所かで見た。
シモン・ペレスかあ。うまいなあ。
ノーベル平和賞とってますからねえ。
シモン・ペレスについては、こんな記事をみつけた。

日本のみなさまは、結構おおぜい、スピーチ内容をさがし、英語を日本語に翻訳したりの記事もいくつかみかけた。
これはやっぱり、村上春樹が人気者だからだろうか。
でも、ちょっと気になったのが、「エルサレム・ポスト」の記事を引用している人が何人かいたことで、そのしんぶんの場合、イスラエルに都合の悪いところは掲載されていない可能性大、言葉の上手い具合の配置によって違うニュアンスにまで変える可能性もなくはない、のでは?

前のエントリーで引用した中国新聞版の要約をもういちど引用する。

 一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

 一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。

 一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
 一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。

 一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。


上記で色を変えたのはわたくし。
その部分にあたる原文英語が読みたいものだ。
最終的に、全文については、村上春樹の本を多く出版している日本の出版社の雑誌などに掲載される・・・のだろうか?
そうだといいけど。

イギリスの「ガーディアン」紙の記事によれば、エルサレム賞の賞金は、10,000ドルだそうです。

(NKY問題についてはまた考えたい。)
posted by フタバ at 00:51 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年01月04日

年末年始にかけてのニュース【追記あり】

ただいま注視中の二大ニュース。

その1。
「もやい」ほかの一般人団体による助け合い活動とその行方。

日比谷で年末年始を行き抜く。年越し派遣村

「派遣切り」により数十万人規模の派遣労働者が仕事と住まいを奪われ、帰る家のない大半の派遣労働者がホームレス状態に追い込まれようとしています。
 雇用促進住宅等への入居が進められていますが、住まいを奪われる数十万人の受け皿としては圧倒的に不足しています。
 また、「派遣切り」による解雇が集中する12月31日及び直後の退寮日(1月1日〜4日頃)は、相談窓口となるハローワークは開いていません。
 「派遣村」実行委員会は、ハローワークの窓口が閉まっている12月31日から1月4日までの労働相談・住居相談・生活相談の窓口を開設し、あわせて住まいを奪われた労働者のための緊急食事対策・住居対策を実施します。


この派遣村開催の情報を、簡単にきいただけだった時点での年末30日か31日、ちょくちょく利用するバス停からバスに乗ろうとした。
そこは、某区の巨大区役所の前のバス停であり、バスを待つ間いつも建物内にはいって寒さをよけることにしていたが、年末だから、建物は閉まっていた。
その建物の一角に、路上で寝ているとおもわれる人が立っていた。私からみたら、この建物のまわりにもっと風よけしやすい場所があるのでは?と思いつつとおりすぎた。
バスが来るまで間があって寒かったので、そのへんを動物園のクマのようにいったりきたり歩くことにしたのだが、区役所建物の先にある交番のあたりまでいったら、ちょうど、警官が3人くらい自転車に乗ってみまわりに出発するところだった。あの警官たちは、さきほどの立ってた人に何か対処するのだろうか。
その人をみかけたときに派遣村のことを教えてあげるべきだろうかと実は思った。すぐそこに地下鉄の駅があり、電車代があれば、10分で日比谷にはいける場所だった。お金がないといわれたらどうしようかとも思ったけど、財布をなくしたりしてれば最低限のお金は交番で借りられる。学生のとき借りたことある。
でも、派遣村の詳細をまだ把握してなかったので、案内して何か不都合があったらと思った。でもそれは、わかる範囲で説明して、その人がどう考えるかだから。
心残りである。



この人↑は派遣村の「村長」であり、「もやい」の事務局長。
(派遣村は「もやい」だけがやっているのではないです。
連合、全労連、全労協といったユニオンも支援している。)
ほんとに今テレビ見てないのですが、そういえばこういう番組あったな、NHKに。たった10分だけど、コマーシャルもなく余計な演出もなく、ただしゃべるだけ、の単純さだけど、ひとつのトピックについてまとまった考えの枠を得るのには便利。
そして、テレビは放送時間に見なくちゃいけないけど、こうやってあとから見られるのも便利。


「派遣村」、寝場所を厚労省に再要請 講堂5日で期限

最初日比谷公園内でテントを張っていたわけだがすぐに収容しきれないほどの人がやってきて、すぐ近くの厚生省の講堂が開放され、そちらの方により多い人数が入っている。でも

厚労省の講堂は2日夜時点でほぼ満員。3日にはさらに80人以上の人たちが入村し、公園内のテントにも続々と人が入っている。4日も村民が増えれば、収容しきれなくなるおそれがある。

 また、講堂は5日朝までしか使えず、その後の寝場所は決まっていない。実行委の関根秀一郎・派遣ユニオン書記長は「村民の間では5日以降どうなっちゃうのかという不安が広がっている」と話す。

 5日以降については、東京都中央区が廃校となった小学校2カ所で計160人を1週間程度受け入れる意向だが、それだけでは収容しきれない可能性が高い。都は国からの要請を受けて、別の施設の提供も検討しており、厚労省も財政的に支援する考えだ。



という状況なので今後どうなるのか注視している。



その2。

国連総長、作戦停止を要求 ガザ侵攻で安保理緊急協議へ

日本としても何もしていないわけではない、のだが。

麻生首相、ガザ空爆「遺憾」 イスラエル首相と電話会談 これは12/31の記事。
麻生首相は31日、イスラエルのオルメルト暫定首相と電話会談し、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザに空爆したことについて、「広範囲に被害が及び、民間人に死傷者が出ていることは遺憾だ」と述べ、速やかに攻撃を停止すべきだとの考えを伝えた。オルメルト氏は「イスラエル市民を(武装勢力の)攻撃から守るために行っている。民間人の犠牲が出ないよう努力している」と答えたという。


首相、1千万ドル緊急支援表明 アッバス議長と電話会談 こちらは1/3の記事。
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの空爆をめぐり、麻生首相は3日、ヨルダン川西岸を統治するパレスチナ自治政府のアッバス議長と電話会談し、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)を通じて1千万ドル(約9億2千万円)規模の緊急人道支援を行う考えを伝えた。また、首相が「一刻も早い持続的な停戦の実現、イスラエル・パレスチナ双方による和平プロセスの進展のための努力再開を希望している」と述べたのに対し、アッバス議長は「国連安全保障理事会などを通じ、引き続き即時停戦を呼びかけていきたい」と応じたという。


日本は、アメリカに働きかけるべきじゃないだろうか。


ほかにも気になるニュースはありますが、上の2つがとくに気になっています。


*******【追記】*******



その1、の方については、明るい展開がありました。

派遣村のブログより。

19時前より行われていた、派遣村実行委員会よりの厚生労働省への要望行動において、当面の間、厚生労働省と東京都とで500名の住と食を保障する、との回答が得られました!

これも、入村者やボランティアスタッフのみなさん、ご支援ご声援をくださったみなさんの声の力です。ありがとうございます。

なおこの結果を受けて、21時から緊急村民集会を開催します。


2009年1月 4日(日) 20:35



よかったです。
これで終わりじゃないけど。











posted by フタバ at 11:09 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

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