2006年07月06日

7/6(夕刊) ニール・ヤング、貫く反戦ソング 抑えがたい青春的怒り

これは渋谷陽一の「時代を駆けるロック」という連載の1回目。
渋谷さんの写真も出ているが、ほんとうに岸信介に似てるわあ。
今後年とってほっぺたの肉が下がっていけばますます似るだろうなあ。

ニールヤングの写真ももちろんでている。
2001年のフジロックに来てくれてたときとくらべると年とってみえる。
でも脳動脈瘤の手術をしたそうだしもう60歳とのことなので。

ニールヤングは声がとっても癖があって、きけばすぐわかる。
で、その声だけじゃなくって、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング、てのをやってたときから、この人だけ、&より前の3人とは、
なにか違う人なのだとコドモ心に思ったものだ。
とはいえ、
フタバはファンでもないし、ちゃんとアルバムを聴いたこともなかったのだが、フジで聴けてよかった。すごく立派な人だった。
でもインプロヴィゼイション?はちょっと長かった。

【「私は十八歳から二十二歳ぐらいの若いシンガーがこういった曲を作り、立ち上がるのを待っていた」】

でもだれも立ち上がらなかったので、ニールヤングは「リヴィング・ウィズ・ウオー」というアルバムをつくったのだ。
という話の流れらしい。

【彼のキャリアは、常に強い内なる衝動に導かれながら形成されてきた。音楽スタイルは一定しないし、特に1980年代は混乱の時期であった。ブルース、ロック、テクノと、アルバムごとにスタイルが変わり、ファンを面食らわせた。】

まあきほんてきにブルースとかフォークなのでは?
と、フジで聴いた音を思い出すならそう思う。

この、スタイルが一定しない、ってところがこの人の肝じゃないかなあ。
なにをやってもニールヤング、ではあり続けているのだきっと。

反戦の歌というのは、ニールヤング自身、もっと若いときにも作ってたのではないか。
それでそれによって、アメリカが平和を愛する国になったりはちっともしてないし、ブッシュが大統領になったりもするわけですよ。

【反戦を訴えれば戦争が簡単に終わるとは、誰よりも彼自身が思っていない。しかし反戦を歌うのである。】

↑というよいうなところと、音楽スタイルが一定でない、というところは何かつながりがあるような気がするんだけどな。
気がするよ、ってことで。メモです。





posted by フタバ at 23:05 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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