2006年09月10日

『ウェブ進化論』梅田望夫(ちくま新書)〜第1回

この本は、電車の広告で知りました。
絶賛する読者の声を集めたタイプの広告で、それらの声は、どうも、「自分の言いたいことをこの本が言ってくれた!」的なものが多かったし、若い人が多かったような気がします。
フタバもこうしてブログなんぞやってますが思いつきではじめましたし、未だにトラックバックについて考え込んでるようなスロウな人なので、ま、話題の本でも読むか、というスタンスです。

というきっかけなので、順番に読まずに、まずは【第4章 ブログと総表現社会】から読み始めました。

既存の権威あるメディアがいいそうなこととして、ブログなんぞ玉石混淆でしかも石が主である、というのがあり、それに対する論が展開されていたところは、まあ、納得できました。

しかし、いきなりちょいとびっくりする内容が。

作者は今シリコンバレーに住んでいて、【日本のテレビはまったく見ず、日本の情報はもっぱらネットに依存した生活を送っている。】
その作者が、2005年の総選挙での小泉自民党の圧勝を当てた、という話です。

【私は総選挙の結果に興味があったので、解散と同時に丹念に日本のブログ空間の言説を読んだ。私は情報を分別するリテラシーは高い方なので、数時間かけて、だいたいの感じを掴むことができた。そして驚いた。凄い小泉支持率じゃないかと。】

その後、作者のおかあさんが、今回の選挙はどこに入れるべきかねえという相談をしてこられたそうですが、それに対して、

【私(作者)は母に、今回は小泉支持だと伝えた。】

そうです。
え?なぜ?
日本のブログ空間で小泉支持率が高かった、それを把握した、というのはわかりますが、おかあさんは、どこが勝ちそうかねえという『予想』を尋ねてきたのではなく、どこに入れる(投票する)べきか、と聞いたのだと思いますが。

『小泉支持のブロガーたちはこれこれの理由で支持すると書いていて、それが納得できたから。』という文が抜けてるだけなんでしょうか?

たしかにこれは、

【総表現社会参加者層はブログ空間に影響されて判断し、リアル世界でミクロに「大衆層」に影響を及ぼす。そんな連鎖が起きた最初の事例として小泉圧勝を読み取ることもできるのではないだろうか。】

の例にはなると思うんですよ。
それに、この話は、【小泉圧勝を解散時に誰が予想できたか】という小見出しのついたパートにはいっているものなので。

でも、『投票』という行動についてもそういう反応なんだっていうのは・・・んー。
『投票』は、おおぜいの人がしているのと同じような選択をすること、じゃないですよね?

なにか私、いいがかりつけてます?
それとも単に読解力がおかしいだけ?


***

じつは、このエントリー、本を読んだばかりの6月に書きかけて上記***より上までで放置してました。
時間がたちすぎて、世間的にも「ニュース」な感じの本でなくなってきたし、個人的にも、フレッシュな感想をいいにくいのですが、上記の件は、やっぱり気になるのでアップしておきます。
要は、『小泉が勝ちそうだ』ということから、『小泉が勝ちそうだから小泉に投票すべきだ』への展開が、私には全く理解できなかった、ということです。そういう指標で投票する人もあるってことだろうか・・・と大変おどろきました。

もちろん、上記のことが気になりながらも、気をとりなおしてはじめから読み直しました。

興味深いと思ったことはいくつかあります。

P.56あたりにある、【ネットの「こちら側」と「あちら側」】という考え方。

【インターネットの時代の到来からまだまもない1995年秋、ネットワーク・コンピュータ(NC)という構想が提唱された。NCとはハードディスクをもたないPCのことで、当時は500ドルNCとも称された。新しいコンピューティング・スタイルにおいては、インターネットの「こちら側」(端末)に情報を蓄積する機能(ハードディスク)は不必要になる、情報はすべてインターネットの「あちら側」に持てばよいのだから、という思想が背景にあった。】

当時(95年)の処理性能ではその思想を実行することができなかったので、その時点でのNCは成立しなかったそうだ。
しかし、

【チープ革命はそれから10年間たゆまず進展し、ネットワークへのアクセス速度だけでなく、コンピュータの処理性能も著しく向上した。そして今や「こちら側」に置いた情報を「こちら側」で処理するコンピューティング・スタイルよりも、「あちら側」に置かれた情報を「あちら側」に作った情報発電所で処理するほうが高性能かつ合理的だというコンセンサスが生まれつつある。】

【もしこれから多くのユーザが、自分の情報を「こちら側」に置かずに「あちら側」におくほうが色々な意味で良いと確信すれば、産業全体における情報の重心は移行していく。NC構想当時は「ネットの高速化」だけが議論の背景にあったが、今は「あちら側」にある情報発電所の処理能力やセキュリティ面での優劣も考慮に入れ、情報の重心についての議論がさらに深化している。】

この本での用語を応用するなら、フタバが最初にPCを買ったとき、目的のひとつとしてぼんやりとイメージしていたのは、PC内における、つまり「こちら側」における、情報処理、というのもあったと思う。
頭の中のメモを整理できる道具として使えるのではないかという。

たとえば、自分の興味ある項目を、いろんな角度や状況で、ことあるごとに再考する、とか。
まあなんでもいいんですけど、たとえば「靖国参拝の是非」だとしますね、自分が考えたことのメモ、ほかの人の発言でこれはヒントになると思った考え方、参考になる書籍や報道の記事、等々を適宜引き出したい。
と、そんなことができるのかも。と思ったんですね。

ほかには、記録。
興味のある分野についての自分の感想なり考えなりを、手書きでノートに書くよりパソコンつかえばせいりせいとんできるのでは、っていう。

以上のふたつについては、結局、「あちら側」が解決してくれたことになるのかな、と。
つまり、前者については、ネット上での情報検索ができるし、後者については、こうしてブログってことができるわけで、ブログができれば、自分の書いたことすらネット上で検索できる。
また、後者については、単純に、自分のPCが壊れたりして使えなくなっても買い替えたりしても、「あちら側」に自分の作文(等のデータ)を置いておくことで、簡単に再アクセスできる。
・・・という理解で、一応まちがってない、と思うのだけど。

ちょっと長くなりそうなので、いったんここで切ります。


posted by フタバ at 05:00 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース本ニッキ(本の感想)
この記事へのコメント
はじめまして。
私も、話題のこの本を読んだのですが、
同じく「小泉圧勝」のところでものすごい違和感を感じまして、
「小泉圧勝」「梅田望夫」で検索してやってきました。

他のところでは、
「『個』が十分に分散していて、しかも多様性と独立性が担保されているとき、そんな無数の『個』の意見を集約するシステムがうまくできれば、集団としての価値判断のほうが正しくなる可能性がある。」
と書かれています。

たくさんの人が小泉を支持していると「驚いた」から、「今回は小泉支持」というのは、なんだか私から見ると、「『個』が十分に分散している」という感想は持たないです。

政治は株とは違うのだし、正しく予想して、その予想に基づいて行動すれば正しい、というものではないのじゃないかなあ、と。

逆に、もし、たくさんの人がこう言ってるからこうしよう、という人がたくさんいたら、それはそれで怖い話のような気も。

他のところでは、おもしろいことも書いてあって、刺激にもなりましたが・・・。
Posted by タップ at 2006年09月30日 08:12
はじめまして、タップさん。
ちょっと留守にしていたのでお返事おそくなりました。
この小泉圧勝予想&投票の件、とても気になっていたことだったので、コメントいただいてうれしいです。

「個』が十分に分散していて、しかも多様性と独立性が担保されているとき、そんな無数の『個』の意見を集約するシステムがうまくできれば、集団としての価値判断のほうが正しくなる可能性がある。」

魅力的にもきこえますがどうなんでしょうね。
企業の判断だったら、これでいいような気もしますが。
よろしかったらまたお立ち寄りください。
Posted by フタバ at 2006年10月02日 17:32
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