2006年04月14日

4月13日夕刊 伝統的地名の改変/谷川健一さんに聞く 揺らぐ日本人の精神文化 歴史や由来 大切に

この人が言っているようなことは、昔から、言っている人は言っている。
新宿区の箪笥町とか細工町とかが残った(あるいは復活した)のは、そこに住む人たちが残そうとしたから残ったのだ、と確かきいたことがある。

【「さいたま市、いの町(高知県)、西東京市などのように、ひらがなやカタカナ、主要都市に方位をつけたもの、さくらやみどりというようにイメージを重視したものなど、過去の痕跡を消し去り、一見心地よさそうな顔の見えない名前が目につきます。】

西東京市って、いつできたんだっけ。
どういう意味なんだか、確かに全然わかりませんでした。

(余談ながら、新聞も、こういう話題をとりあげるのなら、自らは、へんてこな漢字&ひらかなまじりの言葉をふりかえったらどうでしょう?
それと、個人的な感想かもしれないけど、新聞記者って、
【日本語の乱れが叫ばれて久しい。】とかって、いつまでも死に体なことばをつかってて、それこそ日本語は大丈夫なんでしょうかと思います。
この余談については、4月16日のエントリーをご覧ください。)

【歴史的、文化的に由緒ある数多くの地名が消えるという動きは、高度成長期の1962年に、住居表示法が施行されたとき急速に広がった。】

1962年。なるほどね。わかるような気がします。(自分の生まれた年との関係でふむふむと思います)
何丁目何番地何号、っていうの、けっこうわかりにくいですよね。

【千曲市(長野県)など”顔の見える”地名が新たに生まれる一方、伝統的地名をなくしたことを反省し、それらの地名を復活させようという動きが、金沢市や東京・台東区など各地で広がりつつあるからだ。先進例といわれる金沢市では、主計町、木倉町、六枚町などの旧町名が、ほぼ四十年ぶりによみがえっている。】

これらの例は、昔のこと、を知っている人が一応は住んでいる町ですよね。
町自体、あたらしい町も、今はたくさんありますよね。分譲地のたぐいは。
でもその人たちの住む町も、20年も住めば、短いなりに歴史はあるんですよね。
歴史は長ければエライっていうもんでもないから。
と、これは、古いものに偏愛をしめしがちなフタバ自身にいいきかせてみました。

一番最初の引用箇所のつづきはこうです。
【新しい地名を広告塔とみなしたり、ブランド品のように扱って、観光や商売に結びつけようとする。地域の固有の歴史や文化を軽んじるような安易な風潮が納得できません」】

これはどうしてこうなるかといえば、歴史がぶったぎられてるからじゃないだろうか。
近代化、戦争、高度成長期。そういうものを経て今の社会や生活様式が成立しているのに、とりあえず、ここ数年来だけの考え方でものごとを決めている。場あたり的ともいいましょうか。
「とりあえず、今期の予算だけは達成させよう」みたいな発想というか。
そういう発想が恒常的になると、昔のことなど関係なくなっちゃいますからね。
posted by フタバ at 04:44 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の芸術
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