2009年08月04日

「姜尚中はどこへ向かっているのか」の続き。

前回エントリーでもとりあげた金光翔氏のブログ記事、第4回目に入った。

姜が出現を憂慮した、この「シビック・ナショナリズムという形で共和主義と結びつけられ、共同体の一員であることにおいてはじめて一人前の人間として認められるという排他的なナショナリズムが台頭し、それがデモクラシーと結びつく」という事態こそ、現在のリベラル・左派における、「ナショナリズム」擁護の合唱という現象として現れているものである。姜は、「ナショナル・スペースに限定されたデモクラシー」を、結局超えられなかったようである。むしろ、「反日」ではない在日朝鮮人を、どうか、「ナショナル・スペース」に入れてほしいという主張が、現在の姜の立場だと思われる

(太字、下線は私)

この事態というのは、もともと日本にあったものではないかと私は思う。こういう態度をとるひとっていっぱいいる。
戦争中からずーっとそうなのでは。

上記で太字下線にした部分が入っている、もともとの姜氏の言葉の部分を前後含めてもういちど孫引用してみる。

「姜 小林よしのりの漫画がなぜ売れるのかというと、私というものを支えきれない人間に訴えているからです。私と公をどの具体的な関係のなかで再定義していけるのかをきちんと問題化しないと、シビック・ナショナリズムという形で共和主義と結びつけられ、共同体の一員であることにおいてはじめて一人前の人間として認められるという排他的なナショナリズムが台頭し、それがデモクラシーと結びつくということがあり得る。ナショナル・スペースに限定されたデモクラシーという考え方を、どうやってわれわれが超えられるのか」(石田英敬・鵜飼哲・姜尚中・小森陽一「座談会 国旗・国歌法のあぶり出すもの」『世界』緊急増刊「ストップ!自自公暴走」1999年11月刊、150頁)


私というのものを支えきれない人間。
それは「日本人」のへいきんてき姿では?
にほんのこくせきがない、がいこくじん、には、国籍がないから人権もないよね、というような「はてなブックマークコメント」というのをいくつも読んだことがある。
「にんげん」には基本的人権がある、みたいなちゅうしょう的な話が、にほんじんは大変に苦手。にほんじんでもなく、かんこくじんでもなく、ただの私。あなた。というのをとらえきれない。
それのおかしさを、どう定義していいかわからなかったのだけど、上記1999年時点での姜先生の言葉を借りると、
【私と公をどの具体的な関係のなかで再定義】することができないからそうなるんだな。
なるほど。大変勉強になった。
姜先生のおことば、昔のものはとてもわかりやすく響いてくる。
「天皇制」についての言葉も、大変わかりやすかった。

前回エントリーでも書いたが、日本の共同体は、あるいは日本の社会は、作法をおぼえてオトナになれば、もうものすっごく居心地がいい。年をとるとますますその居心地よさが、手放しがたいものに感じるのではないか。

ところで、最近の姜尚中と言えば、二言目には「故郷」の熊本への愛を表明し、「愛郷心」「パトリ」の価値を称揚することで知られる。


その具体例としてあげられているのが、これ。↓
「「郷土」への愛着は、わたしの中に身体化された記憶として生き続けています。雑木林や稲刈りの後の広々とした田、夏の光にキラキラと輝く水源が、大人の眼の届かないわたしたちだけの「ワンダー・ワールド」でした。(中略)郷愁を誘う数々の記憶が昨日の出来事のようにわたしを捉えて離さないことがあります。/きっとこの感覚は、たとえナショナリティの違いによる屈折があるにしても、分かち合うことのできる記憶ではないかと思います。そしてすべての人々が、「日本人」や「日本国民」という前に、そのような「郷土」あるいは「故郷」への愛着がどこかに仕舞い込んでいるのではないでしょうか。たとえ、「郷土」と言えるほどの記憶の場所を持たず、絶えず移動を余儀なくされていたとしても、想像の中だけでもそうした「郷土」を持ちたいと思ったことはなかったでしょうか。」(153〜154頁)


ふつうの日本人だって、故郷にはアイをも感じるかもしれないが、苦い思い出だってあるはずなのである。
だから、故郷のよさを称揚してもいいけど、心のそこから100%か、とといつめれば、多くの人がいやそうでもない想いもあるけど・・というのではないだろうか。
このように、ある程度の年齢になってから「故郷を想う」というのは、今、それなりに社会的にせいこうしてるからじゃないの?

今の時点での仮説byフタバ。
「日本育ちの男でそれなりに成功している場合、中年すぎると「故郷」を想い、「個人」を忘れる。」

ここでフタバと名乗っている私自身、姜氏の言動について追ってきているわけではない。しかし、この金氏の記事を読むかぎり、まさに、

………姜先生、姜先生。天皇制の件もそうでしたが、2002年から2006年の4年間の間に、一体何があったんですか?姜先生、あなたは本当に同一の人物なんですか?


といいたくなるくらい変化がおきているのだ、ということはわかった。
でも・・・でもですね。
ひとりの人物で、これくらいの変化がある、ということは、これも十分発生しうることなのではないかと思う。
赤瀬川原平しかり。
とはいえ、【2002年から2006年の4年間】に、姜尚中は、単に、年をとった、のである、というのじゃあ何だから、金氏のさらなる追跡・分析=連載の続きを待つ。

posted by フタバ at 06:52 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ
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