2006年01月04日

古墳壁画 保存ヤマ場/劣化防止の妙案見えず/高松塚・キトラ古墳特集

キトラ古墳の壁画をはがしたとか劣化がまた発見されたとかのニュースをしばしば見ていた。
その前に発見された高松塚はどうなってたのかと思ったら、

【同じ環境で生まれた両古墳であるが、近年、対照的な処理に委ねられてきた。高松塚は可能な限りの薬剤処置がほどこされ、キトラ古墳は自然の環境に委ねられてきた。退色の課題に限定すれば、前者は痛々しい。】←京都橘大教授 猪熊兼勝氏の寄稿

そうだったのか。
基本的に、公開するつもりでなくつくられたものだし、時間がたっているので、こういうことになってもしかたないのかもしれない。数年にいっぺんだけ公開とかでもよかったのでは?
お墓なんだし。

キトラ古墳のはぎとった壁画の写真もあった。かなり薄くきりとっているように見えるのだが、これをまたくっつけるのはどうやるの?

【キトラでは一昨年夏から続く作業が節目を迎える。すでに取り外した「白虎」などは年内に一般公開の予定だが、石室内に残る南壁「朱雀」や天井の天文図はしっくいの状態が悪く、はぎ取りが技術的に困難。壁画を手のひら大に分割してはぎ取る案や、壁石を取り外す案が出ている。】

ということは、またくっつけるつもりはないのだな。

【同庁(文化庁)は「原状に修復できるなら壁画の分割もやむを得ない」との姿勢。昨年末、北壁「玄武」の一部を細片にしたことに「作業は失敗」との批判が上がっており、今後の方針に影響しそうだ。
 石室外に搬出した後の修復・保存方法や活用方針などは今後の課題として先送り。高松塚では、保存失敗の責任追及はもちろん、墳丘上の竹林を伐採する応急措置に疑問の声が上がるなど、従来の保存手法の是非の検証さえ手つかずのままだ。】

今後の課題、なのか。でもたぶん、またくっつけるつもりはなさそうだ。
いつまでなら時間的猶予があるのか、とかも見えない状態でやっているのだから、大変ではある。
(たぶん、猶予は全然ないのだろう)
それと、担当職員ならば、「あきらめる」という結論を出すことは不可能に近いムズカシさだろうからそれも大変・・・。
7〜8世紀につくられたそうなので、1200年も前のことだ。盗掘のあともあるそうだが、それはいったいいつ頃だったんだろう?
最初に盗掘にはいった人は、あざやかな壁画を見たんだろうな。

posted by フタバ at 09:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の芸術
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