2009年01月10日

『反貧困』 湯浅誠




今さらなのですが読みました。

年末年始の派遣村の村長でありNPO法人「もやい」事務局長でもある湯浅誠氏の著。

なんか年のせいかシナプスのつながりがわるく、この記事を書いたときに、その前の記事で「もやい」のことをとりあげてたのを自分で忘れていたていたらく。
湯浅さんは私より数歳年下ですが、シナプスのつながりが凄く良いです。
シナプスのつながりが良い、というのは、ものごとをつながらせる力があるということです。

この本の第U部が、「つながり」を扱っているパートになります。
T部では「貧困」とはなにかを具体例をあげながら紹介・解説し、Uでは、それに対してどうするか、という「反貧困」活動が紹介されています。

「もやい」の仕事の主なもののひとつに、生活困窮者に対して連帯保証人を提供することがあります。
それについての部分を引用。
しかし私たちは、「行政がやらないから」という消極的・補完的な動機だけで活動しているわけではない。私たちが連帯保証人提供に踏み込んだのには、もう一つ動機があった。それは、連帯保証人問題はさまざまな活動分野の結び目になる、という認識である。

1990年代後半、野宿者支援の活動を通じ、貧困層が激増したことを感じ取り、
全体のわずか数パーセントに過ぎない人たち(野宿者)がそのペースで増えていくということは、その背後に膨大な数の貧困層が生まれていることを意味していた。野宿者に限定されない貧困問題に着手する必要があると感じた。
 しかし、路上にへばりつくように活動していると、類似の貧困問題に対応している団体、たとえばDV女性シェルターの人たちと出会う機会がなく、貧困問題に取り組む広がりを作れる状態になかった。しかし、少ない人数で過剰な仕事をこなしているのはどこも同じだとはいえ、それぞれの活動に埋没したままでは問題の広がりに対応して活動領域を広げていけないことも、また事実だった。その点、連帯保証人の問題は、貧困状態に陥る多くの人たちが共通して抱えており、どの団体も苦慮していた。そこで、連帯保証人を提供する活動をすれば、さまざまな分野の活動と接点がもてるのではないかと考えた。共通の課題を括り出し、それを軸に連携の幅を広げること。それが連帯保証人問題に取り組み始めた、もう一つの動機だった。

この、問題点の着眼と解決のしかたがすばらしい。
自分の仕事を一生懸命やっていればなかなか余裕なんてないものだ。だけど広がりがないし、自分たちでできることをやるしかない、というのはその通りなんだけど、問題の大きさが見えているのにできないことがある、というのはいずれはストレスになると思う。
抱え込むのではなく、ほかの団体と手を携えられるところは携えていくそのやり方が絶妙。
そうやって、協働していき他とのつながりをつくることは、それこそ、ボランティアで活動する人々ひとりひとりや、団体にとって、「溜め」
をつくることになるのだと思う。

この「溜め」っていうコンセプトも良いです。
「溜め」とはたとえばどんなことなのか、具体例を挙げているところを引用。
あるときこの”溜め”の話をしていたら、取材していた外資系通信社の記者が「自分にも”溜め”があったんだな」と言い出した。聞けば、前の会社でリストラに遭って三年間失業状態だったと言う。フリーライターとして仕事をしていたが、収入は非常に少なかった。しかし、ある友人が今の会社を紹介してくれて、なんとかまたこうやって取材ができている。自分の場合は、三年間失業していられるだけの金銭的な”溜め”があり、また仕事を紹介してくれる友人という人間関係の”溜め”があったから、また好きなジャーナリズムの世界で仕事をしていられる、と。

私自身は現在生活困窮者ではないけれど、うまくいかないときというのは”溜め”が減っているときなのかもしれないと思った。

湯浅誠氏は、年末年始、派遣村をやりながら、元旦早朝の「朝まで生テレビ」にも出演していた。若いからできるっつーかなんというか。
(テレビは見てないのですがそのうちyoutubeで出る・・ことを期待。)

”溜め”がない状態のことを想像できない人は、「自己責任論」を言うんだろうな、と思いました。

それにしても、役所窓口での「水際作戦」、すなわち、生活保護申請あるいは相談にやってきた人への窓口担当者の違法度満点な対応のしかたは、これはなんとかならないのだろうか。このように、一般書の中に書いてあるというのに・・。
公務員達自身も、人数削られた中で成果をあげることをもとめられている、点にも、作者は触れていて、一方的に窓口担当者を責めているわけでもないところに注目。だって、できるだけ受給させない、という方針がトップ=政府の方にあるとしか思えないし、このやり方だと。

”溜め”の話に戻りますが、”溜め”のない社会に生きるのは不安です。自分の”溜め”がなくなったら社会の”溜め”にたよりたいけどその絶対量が少なければ頼れない。
また、社会の”溜め”が少なければ、ひとりひとりの”溜め”も消耗しやすいのではないか。そのようにも思いました。

とにかく、再度言いますが、「つながり方」を提示しているところが特筆すべきところだと思う。
そして、私自身、なんというか、励まされました。
posted by フタバ at 01:16 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(1) | ニュース本ニッキ(本の感想)
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反貧困―「すべり台社会」からの脱出
Excerpt: ★★★★★ 著者:  湯浅誠 出版社: 岩波書店     2007年11月28日、湯浅誠さんにはなしを聞きに、「もやい」まで行きました。2007年のちょうどその頃だったから良かったけど、..
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Tracked: 2009-01-24 13:31
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