2005年12月31日

12月28日 新聞協会が遺憾表明/「恣意的運用 厳しく監視」/犯罪被害者「実名」警察が判断

【犯罪被害者基本法に基づく被害者支援策の基本計画が二十七日、閣議決定されたことを受け、】

(出た、閣議決定。ここで決めるものとそうでないものの違いはなんだろう?)

【日本新聞協会と日本民間放送連盟は同日、被害者名の発表を実名・匿名のどちらにするかを警察が判断するとした項目について、遺憾の意を表す共同声明を発表した。…(中略)…
「匿名発表では被害者や周辺取材が困難になり、警察に都合の悪いことが隠される恐れもある。正確で客観的な報道で国民の知る権利に応えるため実名でなければならない」と訴えている。
 また「実名発表はただちに実名報道を意味しない。これまでも被害者への配慮を優先して実名か匿名かを自律的に判断し、責任は正面から引き受けてきた。項目に異議を唱えて改善を求めたが容れられなかったのは極めて残念」】

実名発表≠実名報道、というのは、警察が実名を発表しても、報道しない場合もあるということかな?

何か事件が起こったときに、その被害者の名前を知らないと事件の全容を知った感覚を持てない、という人は世の中にあんまりいないと思う。運悪くそれが知人だったら当然報道以外での経路でお知らせがくるだろうし、とにかく新聞に被害者名が書いてなくてもかまわない。

協会が問題にしているのは、判断するのが警察だってところのようです。
フタバもそれは問題だと思う。警察は事件の捜査をするでしょ?だから関係者ですよね。関係者には中立的判断はむずかしいと思う。

では、報道機関が判断するのは良いのか?
この閣議決定はそもそも被害者支援にかかわることだと意識した上考えてみる。

報道機関は、自分たちが判断するなら、結果として匿名にすることは少ないのではないかと想像する。
報道を受け取る方としては、なにか事件があったらその事件の内容に興味があるのであって、被害者の名前自体は、よほどの特徴があるとか自分の知り合いと同姓同名であるとかいうことがないかぎり、1回読んだり聞いたりしただけでずっとおぼえていることは少ないだろう。
しかし、犯人がつかまらないなどの場合何度も報道がされて、それによって名前をおぼえてしまうということは有り得る。そうなってくると、被害者あるいはその関係者の「さらしもの」度はどんどん上がっていく。そういうのは好ましくないとフタバも思う。

この頃は、以前ほど「○○ちゃん事件」といった個人名込みの繰り返しの報道はなくなってきているように感じる。「世田谷の殺人事件」みたいに、地名がはいっていることが多いかな。それでいいのだと思う。
フタバ個人は、事前に危険を訴えたのに警察の対応がまずかった有名なストーカー殺人事件の印象があるので、警察に全幅の信頼を置くことはできないし、警察が判断するってのはやっぱり反対だな。権力ある人が恣意的判断をできるのは良くないこともあると思う。
日本新聞協会も、もっと具体的な例をあげて報道の受け手にアピールすればいいのに。
posted by フタバ at 17:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 報道
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