2008年06月21日

法相、朝日新聞夕刊コラムを批判 「死に神」表現で 2008年6月20日13時35分 印刷 ソーシャルブックマーク

朝日新聞の、短いコラム欄にあった文をめぐる記事。

私のこの記事のタイトルは、朝日新聞の記事からとったが、最初に、読売新聞の記事に気づいた。

鳩山さんが【抗議】(by読売)または【批判】(by朝日)した朝日新聞の一文は、

朝日によれば、【2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神】。
読売によれば、【「永世死刑執行人 鳩山法相」「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」などと報じた。】

(朝日のサイトにて元記事を上記の「2ヶ月・・」で検索したが出てこず)


それに対し、鳩山氏の言葉として記事になっているのは、

朝日:
【・・・「大変な問題だ。そういう軽率な文章を平気で載せるということ自体が、世の中を悪くしている」と批判、「司法の慎重な判断、法律の規定により、私も苦しんだ揚げ句に執行した」などと述べた。】


読売:
【・・・「大変問題だと思う。軽率な文章については心から抗議したい」と述べた。

 法相は「死刑囚にだって人権も人格もある。(表現は)執行された方々に対するぼうとく、侮辱でもある」と話した。】


ちなみに、素粒子というコラム欄についての説明は、

【 〈素粒子〉 夕刊一面の、これも売り物コラムです。日々のニュースを「寸鉄人を刺す」の意気込みで切ってみせます。14行と短いだけに、加藤明は早朝から新鮮な素材を探し出そうと新聞の隅々に目を通し、執筆に頭を悩ませています。 】

だそうです。(ココにあります)


読売記事の中にある、【死刑囚にだって人権も人格もある。(表現は)執行された方々に対するぼうとく、侮辱でもある】
というのがよくわからない。
人格も人権もあるからりっぱに死刑にされたんだよ、ってことですかね。
ちなみに、「冒涜」くらい漢字で書いてもらいたい。
助詞じゃないんだから。
話それたけど、とにかく、この言葉の意味はよくわからないな。
私を死神とは失礼な、ならわかるんだけど。
私なんぞ(私という一個人)のおかげで死んだ、といわれるのは、国家の制度(というりっぱなもの)のおかげでお亡くなりになった方への侮辱、ってことですか?
死刑を適応される人権もあるのに、ってこと?
あーよくわかりません。

で、朝日新聞の反応は。

朝日が報じた朝日の反応:
【法相の発言について、朝日新聞社広報部は「『素粒子』は、世の中の様々な出来事を題材に、短い文章で辛口の批評をするコラムです。鳩山氏や関係者を中傷する意図は全くありません」としている。 】

こういうとこが新聞てキライ。
急に好き嫌いの話になるフタバさん(自分)もどうかと思いますが・・
しかし、自社の記事、自社の広報部の発言について、【としている】だって。
【というコメントを出した】ぐらいにするべきでは。

読売が報じた朝日の反応:
【朝日新聞社広報部の話「社としてコメントすることはありません」】

あれ?
じゃ、社外に向けてコメントしたんじゃないのね。
朝日新聞の記事担当部門の誰かが、同じ社内の別部門である広報部にといあわせて得た言葉、ってこと?



鳩山法相発言@朝日の、【そういう軽率な文章を平気で載せるということ自体が、世の中を悪くしている】ていうのは、どうだろう。
世の中を悪くしている。
妥当性はともかく、新聞があおるからいけない、とかいうことは政治家はしばしばいいますね。
新聞は今でも世の中の意見を代表したり形成しているのか、よくわからないです。
世の中にある形にならない「気分」を、言葉によってまとめ、形作る、という役割をはたしていた・・こともあったのかな。
なんとなく、「新聞に書いてあることはそのとおり」なんだと小学生の頃は思ったけど。
「新聞に書いてあるってことは・・そうなのかな?」と。



そういう「周辺事情」はともかく。

やっぱり、この時期に、宮崎勤の死刑が執行されたのは、ちょっと、「え?」と思った。
実録・連合赤軍 あさま山荘事の道程』を見ようと思いつついまだ見てないのですが、この映画(実際の事件を扱った)が話題になりはじめたとき、これにも出てくる死刑囚の執行が行われてしまうんではないか、と思ったりもしました。
posted by フタバ at 09:57 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法
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