2009年10月14日

主張】被爆地・五輪 政治が先走っていないか

2009.10.14 03:04、産経ニュースネット版より。

 「平和を祈願する被爆都市」の広島、長崎が世界に訴える力をもつのは確かだ。「核兵器のない世界」の実現を呼びかけたオバマ米大統領のノーベル平和賞受賞が決まった直後で効果的な表明でもあった。

 しかし、五輪は第一には「スポーツの祭典」である。今回の招致表明は「政治」が先行し過ぎているのではないか。

 両市が主導する世界3147都市加盟の平和市長会議は「2020年までの核兵器廃絶」を提唱している。それと合わせ「その年にぜひ、広島、長崎で五輪を開きたい」(秋葉忠利広島市長)、「被爆都市で五輪にチャレンジし、平和への国際世論を盛り上げたい」(田上富久長崎市長)との発言は政治的色合いを帯びている。

まだ広島長崎両市長の主張をよく読んでいないのだが、この【主張】欄筆者とは別な意味で、今度の招致表明には、私も反対である。

それにつけてもツッコミどころ満載なので引用してみよう。

まず第一に、政治的なのが何が悪い。
オリンピック誘致なんて、誰がやったって、政治的以外のなにものでもない。

むろん核兵器のない世界を目指すことに異論はない。しかし、唯一の被爆国である日本が戦後、米国の核の傘の下で平和と安定を保ってきた厳しい現実は直視しなければならない。

ホンネはここねー。
その、唯一の被爆国である、動作単純的直接原因は米国なのに、米国に気を遣う。【厳しい現実】だわーホントに。

オバマ大統領の呼びかけの主眼は、ただちに核を廃絶するのではなく、北朝鮮やイランへの核拡散を防ぐことにある。現実政治を超越した五輪の看板に、現実を見据えた対応が求められる核問題を掲げるのは適切ではない。そのことをあえて指摘しておきたい。

そう、【ただちに核を廃絶するのではなく】、特定のどこかが持つのを妨害するためなのよねー。
【現実政治を超越した五輪】てところは、ズレてるのもいいとこでしょう。どこぞの知事は、スポーツが大好きでたまらなくて、スポーツなんて単なる趣味のひとつでしかないのに、税金を私物化してその趣味関係のために浪費した、ってこと?

広島長崎両市長が、現米国大統領の意図が【ただちに核を廃絶するのではなく】だと認識しているのにあえて挑戦しているのだったら、それはそれですぐれて政治的、なのかもしれない。

この【主張】筆者は、核兵器の全廃ということは考えていないのだと思う。【核兵器のない世界をめざすことには異論はない】っていうのは【平和を願うのには異論はない】っていう、ただそれだけのことなんだろう。核兵器つきアメリカの傘下でこれからも日本(だけ)「平和」に、って、そういうことなんだろう。


【五輪招致】「聞いてない」「見守る」広島、長崎両県知事


という記事もあり、実際問題は、その記事にあるように、

一方、長崎県の金子原二郎知事は「推移を見守っていくしかない」と静観の構え。定例記者会見で「精神面での協力はするが、県に(金を)出してくれといわれても財政状況が厳しいので難しいかもしれない」と述べるにとどまった。


という具合にきわめて「実際的」な理由により実現は不可能だとは思う。

さて、この産経の両記事で書いてあることとは別に、私はこの長崎広島の招致表明に意義をとなえたいのだが、材料不足なのでまたこんど。

たとえば、平和市長会議というのには、いったいどこ都市が参加しているのか。そんなことも、自分への宿題です。


posted by フタバ at 07:32 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 気になった記事メモ

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