2009年02月19日

村上春樹スピーチ@エルサレム関連つづきその2。

前々回のエントリーにて、「村上春樹はNKY」と私は書いた。これについて。

今回の彼のスピーチは、従来の彼のファンが安心する範囲内だった、という意味で、「KYでなかった」、と思う。
かつて、スーザン・ソンタグは、もっと「過激」なスピーチをして授賞式会場にて否定的反応があったそうだが、そういうこともなかったようだし。多少不満顔な人はいたにしても。
なんていうのかしら、ペレスのとなりに写っている写真をみて、「これで、村上春樹も、エルサレム賞のワンノブコレクションにとりこまれちゃったなー」って印象を持ってしまった。
私はとにかく、何度も言うが、彼の文は本2冊分しか読んだことがなくかつ、そのときに、よくもわるくもたいした感想をもてなかったので、ほんとにどういうことを言いそうか想像がつかなかった。
(より細かくいうなら、しかも読んだのが「風の歌を聴け」という初期作&ベストセラーの「ノルウエーの森」で、サリン事件とか震災とかにインスパイアされたらしい作品を読んでないので、なんといおうか、基礎知識レベルに達してないような気がしている)

あと、彼はなぜ、海外でも人気があるのか?
その秘密がいまだによくわからない。
(それももちろん、上記カッコ内のような事情だから、かもしれないけど)
イスラエルに読者がいることはわかった。
ではパレスチナには?
もし図書館があったとしてもどうせ空爆されてるだろうしなあ。
もし、パレスチナにも読者がいたとして、その人たちはこのスピーチ知っただろうか。知ったらどう思っただろうか。

もし今回彼が、受賞辞退をしたとしたら、それは、彼が空気を読みたい集団の中では「KY」的行為になったんじゃないだろうか。
受賞辞退の場合は、それなりにコメントをつけざるを得ないわけで、「何か言う」チャンスは、辞退してもあるわけです。でもその場合には、辞退という行動自体ですでに何か「ものを言う」ことになるので、方向性はそれで決まるわけで、その方向性は、彼が空気を読みたい集団の中では「KY」になるのだと思います。
で、うまくいえないけど、彼は、必死で、「KY」にならないよう努力しているわけじゃなく、無理してるわけじゃなく、「NKY」だなあ、と思った。それってとても日本人的だとも思うのですが、それでも海外で人気があるというのが、やっぱりほんとうに不思議だ(・・・と、それを追及したいなら、もっと本を読め、ってことですね)。

   
***

以前のエントリーでとりあげたブログ「私の闇の奥」に大変興味深いことが書いてあった。
マイケル・ムーアの発言を許容するアメリカ社会、スーザン・ゾンターク、村上春樹の発言を許容するイスラエル社会、この現象は、これらの二つの社会が言論の自由が保たれている社会であるという虚像を他に信じさせ、自分も信じたいと願う集団心理の発現であると私は考えます。しかし、異端的な発言が許されるのは、それを許しておくことが「言論自由社会」のイメージに貢献する限りにおいてであって、もし実害が生じて、全体の算用がマイナスになれば、即刻停止ということになる筈です。
 上にも引用した現地英字紙エルサレム・ポストは、イスラエルの外務省から村上春樹さんに送られた手紙に中には、「あなたのエルサレム賞受賞がイスラエルにとって持ち得るどのような性質のプロパガンダとしての価値があるか、・・・、をよろしくご勘案くださいますよう伏してお願い致したく、・・・」といった文面が含まれていたと報じています。これでは、ゾンタークさんや村上さんがどんなに啖呵を切ってみても、所詮は、お釈迦様の掌の上を走り回る孫悟空のようなものです。私は、こういう形で、有名な作家や音楽家などの芸術家たちを利用する権力システムの企みを憎みます。

ピンクに色変えしたのはわたくしです。
イスラエル、手紙にそんなこと書いてたんだ。
受賞するなら仲間ですよ、といってるも同様じゃないですか。
やっぱりコレクションされちゃったんだな、村上春樹。
posted by フタバ at 04:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年02月18日

村上春樹スピーチ@エルサレム関連つづきその1。

一日でかけてる(働いてる)間に、ハアレツ(と読むのだろうか)紙というところに出ている全文をみつけてくださった方があるようでそちらを読んだ。

この記事の最後に、読者からの意見が(フォーラム式に)ついているのだが、クリックしたけど画面真っ白。残念。外国メディアのサイトをみていると時々おきる現象。ウイルスブロックだかなんだかが勝手に活動しているからなのか・・
少なくとも、その読者意見のタイトルだけは読めるが、そのひとつが、
Egg is Israel and Islam the Wall

卵はイスラエルで イスラムが壁だ。
ワルイ方はイスラムさ!ってことね。
「卵と壁」という比喩がすばらしいのかどうか私は文学的センスがないためわからないけど、どうとでもとれるので、多くのイスラエル人は、このように考えた、といわれても驚かない。

それから、スピーチがここに掲載されてる通りだとすると、だが、「パレスチナ」ということばが一つもないですね。
中国新聞の要約記事の中で実際それはどういう言葉でいわれたのか知りたいと思った箇所があったが、そこはこういうことだった。

中国新聞(ピンクに変えたところが気になるところ)
一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。


ハアレツ

So let me tell you the truth. A fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came.

The reason for this, of course, was the fierce battle that was raging in Gaza. The UN reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded Gaza City, many of them unarmed citizens - children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. This is an impression, of course, that I would not wish to give. I do not approve of any war, and I do not support any nation. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.


中国新聞のは要約だからもちろん、一語一語の対応関係は示せない。
でも、私が一番気になったところを、同じピンク色にしてみた。
イスラエルメディアの方を訳してみると、

フタバ試訳
ガザでおきている激しい戦い。国連の発表によれば、1000人以上の人が封鎖されたガザの街で命を失い、その多くが非武装の市民、子供たちや老人だということだ。


「ガザ」という具体的な言葉は入っているが、「fierce battle」ってちょっと首をかしげるなあ。fierce airraidじゃないの?
また、この近辺にイスラエルという言葉もパレスチナという言葉も具体的に使われてない。「blockaded」とは書いてあるけど。battleっていうからには、2つの勢力があるはずだけどそれがどこか具体的に言ってない。ましてやイスラエルのせいでおきている戦い、とは具体的にはいってなかったんですね。unarmed Palestinian citizen とでも言っていれば、結構違うニュアンスになったのでは。せっかくblockadedと言ったのに、「誰が誰を」blockadeしたか言ってない。
ホストに気をつかったんですね。
あと、「国連」という言葉は入っているのだなあと思った。



もう一箇所。

中国新聞
一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。


ハアレツ
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high, solid wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.


フタバ試訳
このメタファーの意味はなんでしょう?ひとつには、非常にあきらかな意味となります。爆弾、戦車、ロケット(弾?)、白リン弾、そういったものが、高く堅固な壁です。卵とは、それで爆撃され焼かれ撃たれる非武装の市民です。これがメタファーの意味するひとつです。


ああ白リン弾というのは言ってたわけね。


このあたりから以降は、正直なところ、かなーり一般論でしかなくって、ひろーい意味にとれるのではないかと思う。
要は武力行使反対、という。


***


一番最初、つまり最大?情報で中国新聞要約しかなかった時点で、個人的には
一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

のところを読んで、よくぞ言ってくれた、と思った。

私は、とにかく、村上春樹についてはあんまりよく知らないのだが、なんとなく、この賞じたいは、村上さん的には貰いたいと思っているのでは、という気がしていた。
だから、「ボイコット」を要求している人たちをみて、んーそれはやらないと思うなあ無理じゃない?と思っていた。
では、ボイコットしないとすると、なんといって受賞するのだろう?
彼についてよく知らないながら、すごく過激なことは言いそうにないし、なんていうのだろう、すごく無難に上手に言うんじゃないかな、というのが私のあやふやな予想だった。
その予想からすると、上記の部分は、すごく思い切っているようにみえたのだけど、これは、私の予想がオソマツすぎたと思う。

つまり、こういう言い方自体、結構、「一般的」なことであって、まあ、「あたりまえ」の域は出ないと思う。
ここまでは、前提、ですよね。
それで何を言うかが問題であって。

で、言われた内容については、おそらく、従来の村上春樹的レベルというおうか村上春樹的世界から、大きく逸脱することはなかったのではないかと思う。
本人のレベルからしても、彼に期待する日本のファンからしても。
「村上さんはやっぱりすごかった」という感想がかなり多いなあと思ったし。

・・・・ちょっと長くなったので、エントリー分けます。


posted by フタバ at 23:25 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年02月18日

村上春樹はNKY

ノットKY,すなわち『「空気よめな」くない』ヤツ。
それが村上春樹さんではないか、という気がしてきた。

で、日頃読ませてもらっていて感心している、まあ具体的な課題についてはおおむね賛成できることを書いていらっしゃる、私のようなぐだぐだ文章でない説得力ある文を書かれる方たち、というのもNKYだと思う。

日本では、どんな小さな集団においても、NKYでないと生き残れないのだきっと。
あ、いや、「生き残れない」なんて大げさな言葉だわ。空爆されてるわけでもあるまいし。

いろんな記事をみていたら(私はネット検索能力はあまりないので、リンクをたどりつつなのですが)、村上春樹がシモン・ペレスと隣同士で座っている写真を何箇所かで見た。
シモン・ペレスかあ。うまいなあ。
ノーベル平和賞とってますからねえ。
シモン・ペレスについては、こんな記事をみつけた。

日本のみなさまは、結構おおぜい、スピーチ内容をさがし、英語を日本語に翻訳したりの記事もいくつかみかけた。
これはやっぱり、村上春樹が人気者だからだろうか。
でも、ちょっと気になったのが、「エルサレム・ポスト」の記事を引用している人が何人かいたことで、そのしんぶんの場合、イスラエルに都合の悪いところは掲載されていない可能性大、言葉の上手い具合の配置によって違うニュアンスにまで変える可能性もなくはない、のでは?

前のエントリーで引用した中国新聞版の要約をもういちど引用する。

 一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

 一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。

 一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
 一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。

 一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。


上記で色を変えたのはわたくし。
その部分にあたる原文英語が読みたいものだ。
最終的に、全文については、村上春樹の本を多く出版している日本の出版社の雑誌などに掲載される・・・のだろうか?
そうだといいけど。

イギリスの「ガーディアン」紙の記事によれば、エルサレム賞の賞金は、10,000ドルだそうです。

(NKY問題についてはまた考えたい。)
posted by フタバ at 00:51 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | かんがえてるとちゅうメモ

2009年02月18日

カテゴリについて

しばらくこのブログを中断していたのち、カテゴリについては見直した方がいいような気がしてきました。そのうち何かかえるかも。

ひとつ、書いておくと、カテゴリを何にするか悩んだときは、とりあえず「憲法」にしてあります。
posted by フタバ at 00:33 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人的メモ

2009年02月16日

詳報を待ちつつ。村上春樹の受賞スピーチ

受賞スピーチの全文、というのはまだ発見できてないので、とりあえずフツウの新聞関係ネット記事より。

毎日jp
村上春樹さん:ガザ攻撃を批判 イスラエル文学賞受賞演説で
 ◇「死者の多くは子供やお年寄りだった」

村上さんは、英語で演説し、ガザ攻撃について「1000人以上が死亡し、その多くは非武装の子供やお年寄りだった」と言及し、事実上イスラエル軍の過剰攻撃を批判した。日本国内で受賞拒否を求める声が上がったと説明するとともに、「私は、沈黙するのではなく(現地に来て)話すことを選んだ」と述べた。

 そのうえで村上さんは、人間を殻のもろい「卵」に例える一方、イスラエル軍の戦車や白リン弾、イスラム原理主義組織ハマスのロケット弾など双方の武器や、それらを使う体制を「壁」と表現。「私たちは皆、壁に直面した卵だ。しかし、壁は私たちが作り出したのであり、制御しなければならない」と述べて命の尊さを訴えた。

ふつうに考えて、「  」内についてはほぼその通りに発言したのだろう。「卵」と「壁」も各紙でとりあげているのでその言葉を使ったろう。
この記事の【そのうえで】以降について、実際の言葉にあたりたい。



・・と思ったら、中国新聞(日本の中国地方の新聞)で、言葉通りではないが(スピーチは英語だし)要旨がまとめられている。
2月16日10時6分更新
村上春樹さんの講演要旨 

--------------------------------------------------------------------------------



 【エルサレム16日共同】作家の村上春樹さんが15日行った「エルサレム賞」授賞式の記念講演の要旨は次の通り。

 一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

 一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。

 一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。

 一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。

 一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。

(初版:2月16日10時6分)

すばらしい。
取材は共同通信なのかもしれないが、これをアップさせることにしたのは中国新聞社さんですから。
内容について。


一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

最初のこれは、よくぞ言ってくれた、だと思う。

一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。

ここは、本当に原文にあたりたい気持ちになる内容だ。
「ロケット弾」はパレスチナ側が使ったもの、なわけだから。「非武装の民間人」もそう。「武装しているおそれのある過激派幹部」は卵じゃないのね。
まあそれは、そのつもりでそういっているのかもしれないけど。
単にホストへ気を遣ったのか、「どっちもどっち」って思っているのか。

一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。

わーさすが作家・・て感じの言い回しですね。
少なくとも彼なりの解釈を、ひとつちゃんと述べた、のではないでしょうか。

私は、もとから、ボイコットではなく、出かけていって気の利いたことを言ってもらいたい、と思っていた。
いや気が利いているかどうかはともかく、出かけていってしっかりしゃべること。
行くことを迷ったこと、その迷った理由、を共に話したこともよかったと思う。


***

ともあれ、詳細内容が出たら、また書く・・かもしれません。
とりあえず、ただボイコットするよりよかったんではないかと思う。



posted by フタバ at 21:07 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法

2009年02月15日

すわり読み

ジュンク堂という本屋で、立ち読みならぬすわり読みで、「文藝春秋」3月特別号の記事を読んできた。
雑誌コーナーの向かい側に、椅子が5つ並んでいたので、利用させていただきました。

読みたかったのは、

●財界一の論客VS「反貧困」著者
「派遣切り」企業だけが悪いのか 丹羽宇一郎/湯浅 誠


という記事。

そういう事情なので手元に雑誌がなく、記憶で書きますので悪しからず。

対談相手の丹羽宇一郎氏という人は伊藤忠の人。
この人は、現在の雇用問題については、企業もそれなりに役割を果たすべきだ、というようなことをおっしゃる。

また、「一時的に中高所得者(※ 高所得者だったかも。これについては後記)の税率を上げ、低所得者の税率を下げる、ということも検討すべきだと思います」などともいっていて、湯浅誠氏も
「それはノーブレス・オブリージュのような発想ですね」と返している。

しかし・・やっぱり最後には自己責任話に終わってしまった。

「自立の精神がなくてはいけない。いざとなったら国が助けてくれるという発想はよくない」
「非正規労働者の中には、あえて正社員を希望しない人もいる。自由な時間で働きたいとか、扶養控除にとどまりたいとか」

結局それか。

よくきく、「莫大な内部留保金」について。
そういうものがある、ということがわかったから、「それは使えないのか?」となんども湯浅氏は言っていて、この対談でも言っている。
丹羽氏がここでなんと答えたか忘れたが、過去のいろんな場で、「そんなことしたら今後、景気がさらに悪くなったとき企業がたちゆかなくなる」という反論しか未だきいたことがない。
2008年の後半の段階で、派遣切りがどんどん行われていく状況を横にしつつ湯浅がそう発言したときには、「少なくとも、この年末まで、なんとかする、その内部留保金とやらを利用する、という提案をしているのだがどうなのか?」という意味で言った、と解釈してもよかったと思う。そうとらえて、「この年末(2008年末)」だけどうにかする、というような対応が、どこからもなかった。
というのは、つまり、「眼の前のことに具体的に反応する」ということができなかった、ということだったと思う。

丹羽氏の、税率を所得によって変える、という案は賛成である。
でも、どこから上を変えるのか?
もしこの案が採用されたら、おそらく、「中所得者」以上になるのではないかと思う。そして苦しむのは「中」であって「高」は、「あれちょっとだけ値上げした?まあでもたいしたことは・・」で終わるような気がする。
・・・・でも、なぜ私はそう思うのか?政府を信用していないのか?
→ええしていません。
でもなぜそういうことになった(と思う)のか、それがわからない。

今後、湯浅氏も参加している「反貧困ネットワーク」のような立場から、つまり、現場にいる立場からの発言に対し、どう答えていくのか、が非常に重要だと思う。
この対談も、結局、新しい答えは出ていないに等しい。現状の説明をするだけでせいいっぱいであり、それとて、上記のような受け答えをみていると通じているのかわからない気がする。

どうしてそうなるのか。
の一つの答えが、この対談記事のタイトルのつけ方にもある。
「企業だけが悪いのか」
企業だけが悪い、とはすくなくとも湯浅氏は言っていないはず。
わかりやすく、眼をひくように。それが雑誌を「売る」ためには必要なのだというのかもしれないけど、単純に、人の言ってることをきいてなさすぎで、ほとんどhorse&deerであると思う。
そういうことを続けているうちに、気がついたら新自由主義のおかげで、非正規労働者が全労働者のうちの38%(だったと思う。とにかく30%以上)というような異常な事態になってしまったわけだ。

ところで、ういきぺディアで丹羽氏の項を見たらこんなことが書いてあった。

名古屋大学時代は自治会会長として60年安保闘争の学生運動の先頭に立った。

 (・・・・)

『「清く、正しく、美しく」の精神で仕事をしている』と語る。 昼食は、子会社であるファミリーマートや吉野家の弁当を自ら購入している。 出勤には、運転手つきの自動車などを使用せず、社員の目線に立つため電車を使用している。


まあ、マジメな人なのかもね。
でも、

日本共産党のしんぶん赤旗が、2006年1月25日付けの記事で、1月18日の第1回経済財政諮問会議中の丹羽の発言を報じた。その記事は

「若い人でも、残業代は要らないから仕事をもっと早くスキルを身につけてやりたい、土日でも残業代は要らないから出社したいという人がたくさんいる。しかし、経営者がしてもらっては困ると言っている。なぜなら出社されると残業代を全部払わなければいけない。 家で仕事をするよりも、会社に来て色々な資料もあるし、これで自分が人よりも早く仕事を覚えて仕事をしたいんだと。それを今は仕事をするなと言っている。ホワイトカラーエグゼンプションの制度がないからだ。」
という発言から作成されたものである


えー!!
その若い人っていう人たちがおかしいですよ絶対。残業代はいらないから、っていうのは、勢いで言ってるに決まってるじゃないですか。
それに、そうこうしてるうち、体でもこわしたら絶対、残業代もくれずに働かされた・・と思うにきまってますよ。
大昔の住み込み徒弟制度みたいな発想ですね、これ。

とはいえ一応、
しかし同じ会議中で「最低賃金の引き上げによる格差是正」や、「セーフティーネットの整備」も提言している

という記述もあったので引用しておきます。


マスコミは、ほんとうに自分の都合のいいようにしかものごとを取り上げない。何があっても、ただの「ネタ」扱い。
だから、フクザツなことは書かないし、ムズカシイことも書かないし、そうやっているうちに、ほんとうに、貧困問題にしてもガザ虐殺にしても、理解できなくなっているのだと思う。マスコミ人自身。
高学歴で入社したんだろうに、みずからそんなにホース&ディアになってどうするんだろう。
posted by フタバ at 01:31 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法

2009年02月05日

消費者庁法案「年度内成立を」 首相、野党に協力要請

2009年2月2日のアサヒドットコムの記事より。

この記事は、国会質問に麻生首相が何をこたえたかを二つとりあげており、うち一つが、この消費者庁についての答えです。
麻生首相は2日の参院本会議で、国会に提出されている消費者庁関連法案について「食の安全、暮らしの安全を脅かす事件が発生している。消費者庁を立ち上げることは喫緊の課題だ。消費者庁関連3法案を年度内に成立させていただきたい」と述べ、野党側に協力を求めた。

これ、たぶん、コクミンを馬鹿にしている話だと思うし、なにか絶対からくりがあると思うな。

そもそも、「食の安全」については、私も勉強不足なのだけど、マスコミの報道のしかたも、どこどこのメーカーがこれこれの商品の表示を偽装していた、というだけしか書いていない。
表示に関する法の内容自体にきっとなにか問題があるんじゃないかと思うんだけどな。

たとえば、お豆腐とか油揚げの包装に印刷してある「大豆(遺伝子組み換えでない)」の表示。
ほとんどすべての大豆製品にこれが書いてあるけど、そんなに日本の大豆の自給率って高かったっけ?
どういうことかというと、こちら↓をご覧ください。

遺伝子組み換え食品の誤認招く「不使用」表示に決別

このように、法律はざるなのです。それもこれも、アメリカ産の組み換え商品を買えるように、だと思うな。政府は、日本の食の安全なんて考えてやしないと思います。

それと、人間は「消費」するだけの存在ではない。
これまでの流れからして、もっともっと、「安心」して消費させるためにこの庁は作られるのではないか?という予感がしてならない。

posted by フタバ at 11:05 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(1) | 憲法

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